サティヤ サイババの御言葉

日付:1961年6月17日
場所:バドリーナータ寺院
聖地バドリーナートに関するババの御講話?

ナーラーヤナの御名

〔ヒマラヤのナラ山とナーラーヤナ山の山間にある、聖地バドリーナートの中心、バドリーナータ寺院には、古代よりバドリー ナーラーヤナ神が祀られていました。しかし、その御神体はいつしか人々から忘れられ、川に沈んでいるのを聖者シャンカラが瞑想で知り、元の場所に祀りました。それから千年以上の時を経て、その聖地の神聖さは再び失われていきました。1961年6月、ババは自ら選んだ帰依者たちと共にヒマラヤの聖地を訪問なさり、バドリーナートで四本の手のある美しいナーラーヤナ神の像と金でできた蓮の花を物質化し、さらに、神秘的なリンガムを出現させました。それから、ガンジス河の聖水の入った銀の器を物質化し、その水でナーラーヤナ神の像にアビシェーカ(灌頂)の儀式を執り行い、帰依者たちにルッドラム、ナーラーヤナスークタム、プルシャスークタムなどのヴェーダのマントラを唱えるよう指示なさいました。その後、ババは一行にその日の正午に祖先供養をするようにとおっしゃいました。一行の中には、体が不自由なために儀式どおりに祖霊にお供えをすることができない者たちがいました。ババはその人たちを連れて川に行き、激流からコップ一杯の水を汲んでめいめいにお与えになりました。するとその水に大きな灰の立方体ができ、その一つの面にオームの文字が浮き出しました。さらに、ババがコップの横を叩くと、コップの水面にたくさんの胡麻の粒が現れて浮かびました。胡麻は死者に関するあらゆる儀式に必要なものとされています。ババはその水を体の不自由な人たちの手のひらに注ぎ、感謝と尊敬をもって死者を思い起こしつつ死者に供えるようにとおっしゃいました。その晩、ババは巡礼者と地域の住人ら約3000人に向けて御講話をなさり、バドリーナートのリンガムの神秘を明かしてくださいました。〕

あなた方は皆、少なくとも毎年数ヶ月間、まさに古代からバドリーカアシュラム〔ナーラーヤナ神が苦行をした地〕として知られるこの聖地に滞在できて、実に幸運です。大勢の偉大な聖者たちがここで苦行(タパス)を行い、人生の目的を実現してきました。雪に覆われたここの峰々は、人間にその白さと同じくらい純粋であれ、潔白であれと教えています。この渓谷の静けさは非常に霊感を感じさせます。ハートが騒いでいなければ、口はつぐみ、耳は休まります。だからこそ、古代、いや現代でさえ、霊性の求道者(サーダカ)はこういった人里離れた場所に来て苦行(タパス)をしたのです。しかし、あなたの中で騒々しい嵐が猛威をふるっているならば、静寂を求めても役に立ちません。あなたは自分の体がある場所ではなく、自分の心(マインド)がある場所にいるからです。

今朝、私は、ネートラリンガ(シヴァ神の象徴である卵型の石、真ん中に英知の目〔ネートラ〕がある)を、安置されていた場所から瞬間移動させて持ってきましたが、それは霊性を支える源泉としてシャンカラーチャーリヤがこの聖堂に安置したものであり、アビシェーカ(灌頂)とプージャー(供養礼拝)を執り行ったのち、ここを訪れる巡礼者たちにさらに大きな恩寵を注ぎ続けてもらうために元の場所に戻されました。シャンカラーチャーリヤは、初めてこの地を訪れたとき――シャンカラはヨーガで得た力を用いてこの場所を知って北上してきたに違いありませんが――カイラーサ山〔シヴァ神が住むとされるヒマラヤの山、6656m〕からリンガムを五つ持って来ていました。他の四つのリンガムは、シャーストラ〔経典〕に厳格に従って、シュリーンゲーリー、ドワールカー〔ドワーラカー〕、プリー、チダンバラムの地に安置しました。ちょうどこの寺院の背景を成しているナラ山〔人の山の意〕とナーラーヤナ山〔ヴィシュヌ神の山の意〕が両山を結ぶ地平線上に輝くニーラカンテーシュワラ山〔ニーラカンタ山、ヒマラヤにあるシヴァ神の青い喉の意の山、6596m〕を有しているように、このナーラーヤナ聖堂も、その霊的輝きの中核としてカイラーサ山からもたらされたリンガムを有しています。ガンジス河はヴィシュヌ神の足から生まれ、シヴァ神の頭に触れることによって聖化されます。こうした物語は、神の一つの側面である一つ姿と別の姿には何の違いもないということを教えるために作られます。

宇宙のプルシャの手足

至高神のさまざまな側面に高低の余地はありません。人類のさまざまな区分にも優劣の余地はありません。「プルシャスークタム」〔プルシャ讃歌〕は、バラモン階級を宇宙のプルシャ〔至高神〕の顔、クシャトリヤ階級を手、ヴァイシャ階級を太腿、シュードラ階級を足と言明しています。その一節が明確に伝えている比喩的な意味はともかく、神は一つの甘美さであり、英知であり、恩寵なのですから、どの部分も他の部分と同じように甘く、光り輝き、優美なのです。砂糖菓子の人形は手も足も頭と同じ砂糖でできており、全身すべてが甘いのです。問題が起こり、喧嘩が始まるのは、もっぱら、砂糖への愛(プレーマ)が乏しいからです。

ひとたび愛(プレーマ)の中に自分を据えれば、もはや、こういった違いに注意を向けることはなくなります。それらは、愚かで、ばかげた、無意味なことに思えるようになるでしょう。愛(プレーマ)がないとエゴイズムが優勢になり、自分のほうが優れている、他人は自分より劣っているという口論が起こってきます。皆さんはまさに聖なる愛の化身(プレーマスワルーパ)の目の前、つまり、バドリー ナーラーヤナ神の聖なる御前にいるのですから、皆さんも愛(プレーマ)に満ちていなければなりません。いかなる憎しみも怒りもハートに抱いてはいけません。皆さんのほとんどは、生涯の夢を叶えるためにここへ巡礼に来ました。この骨の折れる巡礼(ヤートラ)に必要なお金を工面するために、皆さんがどれほど多くの犠牲を払ったかを私は知っています。旅の計画に長い時間を費やしたことも知っています。皆さんがこの巡礼の旅を始めたときの喜びと、皆さんをここへ連れてきた勇気を、私は知っています。アッサム、ケーララ、ラージャスターン、カシミール、どこであれ、自分の村を出てから長い旅路の間中、皆さんは、病気や事故、貧しさや飢えをものともせずに、勇敢に立ち向かってきました。

楽しく岩や巨石を乗り越えて目的地に向かって進みなさい

一帯の山々の静けさ、アラカナンダー川〔ガンジス河の源流〕の清涼な気持ちよさ、地面からゴボゴボと湧き上がる温泉の温かな効能、聖人賢者をこの地に連れてきた犠牲の精神を土産に故郷へお帰りなさい。帰るときにはもっとよい霊性の求道者になって、目的地へと向かう他の巡礼の旅をさらに堅い決意を持って今後も続けていきなさい。ガンジス河が自らの起源である海に向かって勢いよく流れているように、個人(ジーヴィ)の魂は自らが引き離されてしまったブラフマンに向かって急がなければなりません。ガンジス河はどんな障害物にも自らの流れを止めることを許しません。皆さんも、このアラカナンダー川の流れのように、笑い声をあげながら、うねりながら、よどみなく流れながら、楽しく岩や巨石を乗り越えながら、ゴールに向かって進んでいきなさい。

この地に住んでいる人の多くは、バドリー ナーラーヤナ神への信仰ゆえに毎日ぞくぞくとここにやって来る巡礼者たちから金銭を得ている商人や店主や僧侶たちです。私はその人たちに考えてみてほしいのです。貧しく、年老い、弱く衰えた巡礼者たちを、この曲がりくねった山道を踏み越えて、はるか遠くからこの寺院に来させたものは何なのか? この寺院の敷居をまたぐ、その最後の一歩まで彼らを鼓舞し続ける信仰心があるのです。あなたのハートにもその信仰心を植えつけなさい。そうすれば、あなたの一生がもっとよいものへと変わるのがわかるでしょう。ナーラーヤナの御名を舌にのせ、その甘さに気づきなさい。すると、あなたは自分の行為の一つひとつに新たな意味を見出すでしょう。そうすれば、あなたにとってこの寺院は、生計を立てる拠り所ではなく、神の家となるでしょう。生計というものは、誰であれ、どこであれ、何千もの手段の中から一つの手段を得て営むことができます。しかし、何千年もの間、無数の人々から聖地と見なされてきた場所、その地名を口にするだけで民衆が立ち上がり、敬意を込めて頭を下げる場所である、この地にいるということは、実に大きな特権であり、素晴らしいチャンスです。そのチャンスを利用しなさい。そのチャンスを上手に役立てなさい。

巡礼者たちの無知を利用してはいけない

もう一つ、伝えなければならないことがあります。私は皆さんに、ここへ来る巡礼者たちの厳しい試練や、苦難や、苦悩を十分理解してほしいのです。巡礼者たちに親切にしてあげなさい。荒々しい言葉を使って、巡礼者たちの困難に拍車をかけてはなりません。何週間もの間、水膨れができるほど厳しい徒歩の旅と、空腹で眠れない夜を過ごし、彼らはやっとこの天国に到着したのです。優しく接してあげなさい。巡礼者たちの無知を利用して最大限の利益を得ようとしてはなりません。商売にもダルマ(道徳の規範)があります。その限度を越えてはなりません。そうすれば、バドリー ナーラーヤナは皆さんを祝福するでしょう。たとえ皆さんがそうしなくても、神は皆さんをあきらめません。ただ、長い時間が余計にかかるだけです! というのは、あらゆる生き物は、いつの日か正しい道を歩み、神の恩寵に溶け込まなければならないからです。

カストゥーリ博士著『愛の神 Loving God』より
この御講話にまつわるお話

アヴァターはさまざまな手段で人の精神の鋳(い)直しに携わっている。ババは、プラシャーンティ・ニラヤムで詠んだ詩の中でこのような手段を詳述した。

「二元性の世界という足かせからの解放への手段として、信愛と献身の道で信仰を取り戻すこと。平和への手段として、個人、集団、共同体、国家、人種の間に愛を広めること。善良なる者と神のような者たちが主張する理想を育む手段として、彼らを慰め、力づけること。あらゆる人々が伝える美徳を育む手段として、彼らの聖典を再解釈すること」

ババは、古文書を再解釈しただけではない。古い参拝地を、より新しく、より効力のある祝福の泉へと再奉献した。伝統に聖別された他の御姿と同じく、ヴィシュヌやシヴァの神像は、偏見やひねくれによって注がれた侮辱の結果として価値が損なわれてしまった。聖職者自身が儀式や礼拝への信仰を失ってしまった。巡礼はピクニックへと堕落し、寺院は商品カウンターと化してしまった。寺院はかつて――どちらも中央の祠(ほこら)に象徴されている神から引き出される――宗教的叡智の貯蔵所と社会的美徳の宝庫として設計された。だから、ババは、「寺院の涸渇した霊的バッテリーを充電すること」は、アヴァターとしての自分の任務の一部だと言った。

このプログラムの遂行で、ババは、インドの北部、中部、南部の六つの寺院でそれぞれ一つずつ、三体のヴィシュヌと三体のシヴァを復興させた――そのどれもが、これらの寺院が位置する州から遠く離れて住んでいるインド人たちからさえも崇敬を集めている。それらは、北部では、ヴァーラーナスィーすなわちガンジス河のヴィシュワナート寺院と、ヒマラヤの中にあるバドリナート(バドリーナート)のナーラーヤナ寺院、中部では、グジャラート州のソームナート寺院と同州のドワーラカーにあるクリシュナ寺院、南部では、アーンドラ州のシュリー・シャイラムにあるマリッカルジュナ寺院とマハーラーシュトラ州のパンダルプルにあるヴィッタラ寺院である。最後の一つを除き、私は他の五ヶ所の寺院で霊的エネルギーを復興させるところを目撃する機会に恵まれた。

バドリナートへの巡礼路は、列車とバスと骨の折れる32キロメートルほどの登り坂を要する一週間の旅なので、ババは、参加する機会を与えられるように祈っていた何百人もの帰依者たちのうち、ほんの一握りだけを連れて行った。私たちの一行には75人以上がいた。バドリナートのあるウッタル・プラデーシュ州の知事、ラーマ・クリシュナ・ラオ博士は、随行者とともにハリドワールで私たちと合流した。1961年6月11日、一行の全員が、ババの臨席のもと、その日執り行われたガンガー・プージャーとアーラティーを見た。妻と私は対岸の島からその儀式を眺め、階段の上に立っているババを見た。その階段は、ババが何年も前にババの命令で母といっしょに巡礼に来たときにダルシャンを与えてくれた、まさにその場所だった。一行のだれもがしたように、ババもまた、視界から消えるまで運ばれながら瞬いていた灯火を河に浮かべた。ババは、周りに集まった聖職者たちや、祝福を願う帰依者たちに聖水を振りかけた。

その後、私たちはババの滞在先の中庭で、御足のもとに集まった。星たちは目を見開いてダルシャンにあずかることのできる喜びに煌いていた。月もまた、その夜、私たちを祝福するババを恥ずかしそうに眺めながら、興奮に顔を赤らめていた。ババは、私たちとバドリナートの間に横たわる291キロメートル強の途上で、私たちが見るであろうさまざまな聖地や神聖な合流点――カンヴァが庵を結び、アルジュナが苦行をした地点や、ダクシャの犠牲やヴィヤーサの学び舎の場所――について語った。私たちは、ババの話の包括性と、地形や寺院への精通ぶりに驚いた。

(中略)

ババは、「他の人々は、ナーラーヤナ〔神〕を見るためにバドリナートに行きます。あなたがたはナーラーヤナといっしょに、神像を見るために行くのです」という言葉で締めくくった。ババは、(ダース・グヌに語ったように)シルディの地は商売上の動機が支配的だったので去ったのだと打ち明けた。バドリナートでもまた、同じ類の貪欲が雰囲気を汚しているので、その聖地を清め、信仰の腐敗を防ぎ、寺院の儀式を司る者たちに、彼らの生活の糧であるナーラーヤナの栄光と壮大さ、潜在力と卓越性を明かすことがババの意図だった。ババは、バドリナートとカイラーサは一つの顔の二つの目であることを彼らに確信させると言った。

そして、バドリナートで6月16日(17日)に、マハーントと呼ばれる僧侶の長(伝統にのっと則ってインド半島南端の出身者が就任する)が神聖なアービシェーカ〔灌水〕の儀式を執り行っていた間に、ババは人類のために神像を活性化させるというアヴァターの任務を始めた。ババは手を回し、「千」の花びらをもつ黄金の蓮華を創り出した。それから、再び手を回したが、このときは創造の奇跡ではなかった。(その日の夕方、ババが帰依者やバドリナートの住民たちの集まりで断言したことによれば)1200年前、シャンカラーチャーリヤによって石の空洞に据えられて上にナーラーヤナの神像が置かれたネートラ〔目〕・リンガがババの手にあった。ババがリンガを黄金の蓮華の上に置くと、二つはおたがいのために作られたように調和して見えた。巡礼たちの大きなグループがいて、祠の前の小さな拝殿に入ろうと押し合っていた。グループが入ることができるように、バガヴァンは、一行が滞在していたグジャラートのダルマシャーラー〔宿坊〕での「バッテリーの充電」を提案した。

哲学者で聖人のシャンカラーチャーリヤは、八世紀に生きた。シャンカラーチャーリヤは不動の論理の基準を用いて、ウパニシャッドや、バダラーヤナの『ブラフマ・スートラ』や、『バガヴァッド・ギーター』を解釈し、その中のあらゆる格言や教義を通して流れているのは、ただ一つの真理、すなわち、ブラフマンのみが唯一の実在であり他のすべては無知がその上に重ねた一時的で一過性の外見であることを実証した。そうではあっても、シャンカラーチャーリヤは、無知の克服、および、自己を身体と精神の複合体と見る誤った同一視の消滅を達成するための、感情と直観の価値と有効性を説いた。シャンカラーチャーリヤは学者や弁証家たちを啓発し、宗教的慣行を昇華するようにと一般の人々を励ましながら、インド亜大陸を隈なく歩いた。ババはその日の夕方バドリナートで、シャンカラーチャーリヤは、ヒマラヤ山脈とラーメーシュワラムの間の異なる地点に安置するようにとシャンカラ神〔シヴァ神の別名〕から五つのリンガムを託されていたことを明かした。中央の祠でババが石の隙間から呼び出したリンガムは、その五つのうちの一つだった。霊的発電所が聖なる場所で稼動するとき、エネルギーの至高の源泉(神秘のチャクラ、神の描画、聖なるリンガム)は、人の視界を超えて深く据えられる。そのリンガムが、衰弱したことをババが知っていたバッテリーだった。

(中略)

200名以上が見守った再充電のプロセスは、もっとも高揚を覚えるものだった。ババは黄金の蓮華の上にリンガムを載せて、私たちの間を歩いた。ババは、その中にはっきりと見える目に私たちの注意を引いた。リンガムの目は、白目に黒い網膜が輝き、端が上下のまぶたで細くなっていた。ババがリンガムを左右に回すと、その目も同じ方向を向くように見えた。

「だれもが見ましたか?」とババが聞いた。

「まだ見ていなければ、ここに来なさい」と招いた。

「これはシャンカラーチャーリヤが置いた場所へ戻らなければならないのですから」と言った。

それから、私たちのバジャンの歌声が響くバドリナートで、ババは、自分が意志した場所である掌に現れた銀の水差しを持って立ち上がった。ババは、蓮華の上のリンガムを乗せた銀のプレートがだれからも見えるようにと置かれていたテーブルに近づいた。ババは、水差しにはガンジスが生まれる源泉、ガンゴートリの聖水が入っていると言った。ババが水差しの底から指を離すと、どうだろう! 底には穴が開いていて、水は「アビシェーカ」〔灌水〕としてリンガムの上に流れ落ちた。パンディットや僧侶たちは、その儀式のために定められているヴェーダの賛歌を唱えた。それから、ババがリンガムの上で手を振ると、手から金や銀の花が現れてリンガムの上に落ち、その効力を高めた。もう一度手を動かすと、不思議の中の不思議、露に濡れた新鮮なトゥンメーの花が大量にリンガムの上に落ちた。それは、プッタパルティで帰依者たちがババを礼拝するときに使う花で、南インドの禿げた丘や乾いた平原でしか見られないものだった。小さな白く輝く神の恩寵の滴を目にして、バドリナートの住民たちはそれは何なのかと訝った。ババがそれから

「さあ! リンガムが戻ります」

と宣言すると、リンガムは私たちの視界から消えてしまった。

サイババ述

出典:Sathya Sai Speaks Vol.2 C9