サティヤ サイババの御言葉

日付:1963年7月6日
場所:プラシャーンティ ニラヤム
グルプールニマーの御講話(上)

シヴァ シャクティ

(1963年6月29日土曜日の朝、ババは脳血栓もしくは結核性髄膜炎らしきものに見舞われ、左手、左足、左目はその影響を被り、右手もやや麻痺していました。舌はろれつが回らず、顔は引きつっていました。ババはそれから一週間以上その容態のまま床に伏せっておられました。にもかかわらず、ババはその日、らせん階段を下りて一階の私室へと向かわれたのでした。それは、吉祥なるグルプールニマーの日にやって来た何千人という帰依者たちに、何がなんでもダルシャンを与えようとなさったからでした。ババは礼拝堂の銀の玉座に腰を下ろし、手足を通常の位置に置かれました。それから間もなく話を始められ、それは訳されてアナウンスされました)

これはスワミの病気ではありません。これはある人を救うために、スワミが身代わりとなって肩代わりした病気です。スワミは病気ではありませんし、いかなる時も病気にかかることなどありません。あなた方は皆、幸せでいなければなりません。皆さんが幸せでいることだけが、スワミを幸せにさせてくれるのです。もし皆さんが悲しみに暮れるなら、スワミは幸せではなくなります。皆さんの喜びがスワミの食事なのです。

(ここでババはカストゥーリ博士に話すようにと合図をしました。博士の短いスピーチが終わると、ババはご自分の前にマイクを持ってくるようにとおっしゃいました。ババはマイクを通して「私の声が聞こえますか?」(ヴィニヒステュンダー)とお尋ねになりました。ババは何度も何度もお尋ねになりましたが、その声はあまりにも小さく、何をおっしゃっているのか誰にも理解できませんでした。すると、ババは水を持ってくるようにと合図をしました。水が運ばれてくると、ババは病に震える右手をお使いになって、その水を病に冒されている左手と左足に少々振りかけました。それから右手で左手をさすられました。すると左手が使えるようになりました。そして、即座に両手で左足をさすられました。左足を治すにはそれで十分でした。ババはこのようにして三度で病を脱されたのでした! ババは話をお始めになりました! その声は以前と変わらぬよく響く声でした)

神は拠りどころのない者にとっての拠りどころ

ディックレーニヴァーリキ デーヴデー ガティ
拠りどころのない者にとっては、神が拠どころ

これぞまさに、誰も助けてくれる者のいない一人のバクタ(バクティをもつ者、信愛者、帰依者)が患うことになっていた病を、私が身代わりとなって引き受けなければならなかった理由です。そのバクタは、恐ろしい病と、それに伴う四回の心臓発作に苦しまなければなりませんでしたが、到底それに耐えられるはずもありませんでした。そのため私は、バクタの守護(バクタ サムラクシャナ)という私のダルマに従って、そのバクタを救わなければならなかったのです。もちろん、私が救いたいと思った者の病を身代わりしたのは、これが初めてではありません。前回のシルディにおける化身としての降臨(シャーリーラム)においても、私はこの義務を果たしています。皆さんが目にした苦しみはそのバクタにとってあまりにも過酷だったために、私自身がそれを味わうことによってそのバクタを救わなければならなかったのです。これは私のリーラー(神聖遊戯)であり、私の本性です。これは私がやって来た目的である務めの一つ、弟子の守護(シシヤラクシャナ)です。

先週私のそばにいた人たちは、私が救った人物の名前を教えてほしいと言ってきました。もし私がその人の名前を教えれば、スワミのために、あなた方にその人に対する怒りを抱かせることになってしまうでしょう、そして、おそらくあなた方は、「その人物一人を救うために、あれほどの苦痛に耐えなければならなかったのか」と言うに違いないでしょう、と私は言いました。すると、彼らは、私たちはその人物に敬意を評します、その人物はあの土曜の朝にスワミを救済に駆けつけさせるほどの並々ならぬバクティ(信愛、帰依心)をもっていたのですから、と言いました。

ババの実体、使命、降臨が明かされる

それでもなお、その人物はあの人ですか、この人ですかと、麻痺にかかった人々、特に左半身の麻痺にかかった人々の名前をあげて私に聞いてきた人たちもいました! これはさらに馬鹿げたことです。というのも、私が人を救うときには、完全に救うからです。私はその人が病気になるまで待ちはしませんし、あとで本人にそれとわかるようなわずかな病気の片鱗へんりんさえ残すこともありません。皆さんの推測や推量はすべて、私には滑稽こっけいに映ります。

シルディでも、ダダ・サヘブ、ナンダラーム、バラワントは、この方法で救われました。バラワントはペストにかかる運命でした。しかし、リンパのれは取り除かれ、バラワント少年は救われたのです。

多分、今回ほど長い間、私が帰依者たちを驚かせ、心配させたことはなかったでしょう。それは、追ってそのバクタに起こることになっていた何回かの心臓発作のためです。彼はそれらの発作からも救済されなければならなかったのです。また、それが八日間続かなければならなかったのには、もう一つ別の理由がありました。ここで、それはなぜかをお話ししましょう。そのことを話すということは、私自身について話さなければならないことを意味します。それは、今まで私が誰にも明かしたことのないこと、過去37年間、私が心に秘めていたことです。そのことを公表する時が来たのです。今日は神聖な日です。だから話すことにしましょう。

皆さんは、私が私の実体、私の使命、私の降臨について明かそうと私が決めたその日(1940年5月23日)に、私はアーパスタムバ スートラ(聖者アーパスタムバの経典を継承する血筋)とバラドワージャ ゴートラ(聖者バラドワージャの家系)に属していたと宣言したことを知っていますね。このバラドワージャは偉大な聖者で、ヴェーダをまる100年かけて学びました。しかし、ヴェーダは限りがない(アナンタ)だということがわかり、寿命を延ばすための苦行(タパス)をして、インドラ神から一世紀(100年)の延命を二度獲得しました。それでもなお、バラドワージャはヴェーダを習得し終えることができませんでした。そこでバラドワージャは、再びインドラ神にもう100年の延命を願い出ました。すると、インドラ神はバラドワージャに巨大な三つの山脈を見せて言いました。「そなたが三世紀かけて学んだものは、ヴェーダという巨大な三つの山脈から握りこぶし三つ分をつかみ取っただけにすぎない。それゆえ、ヴェーダを習得し尽くそうという試みはあきらめよ。代わりに、私が教えるヤーガ(供犠)を行うがよい。それはそなたにヴェーダを習得した成果、すべてにして完全なものを授けるであろう」。

聖者バラドワージャが行ったヤーガ

バラドワージャはヤーガを行うことを決め、インドラ神はそのやり方を教えました。準備はすべて整いました。聖者バラドワージャは、シャクティ(シヴァ神のきさきパールヴァティー女神の別名)にそのヤーガを主宰して祝福してもらうことを望み、カイラーサ山〔シヴァ神の住む山〕に赴きました。しかし、請願するには時が適切ではありませんでした。シヴァ神とシャクティ女神は、どちらが長く踊り続けられるかを競って踊っている最中だったのです。そのようにして八日間が過ぎ、やっとシャクティはバラドワージャが寒い中じっと立ったままでいることに気が付きました。しかし、シャクティは笑みを投げかけただけで、前と同じように踊り続けました! 聖者バラドワージャは、その笑みを皮肉を込めた拒絶と誤解して、カイラーサ山に背を向けて下山しようとしました。その時バラドワージャは、自分の左足と左手と左目が発作によって動かなくなっていることに気づき愕然がくぜんとしました。バラドワージャが倒れるのを見て、シヴァが慰めにやって来ました。実際にはシャクティはバラドワージャとヤーガ(供犠)を祝福していたということを、バラドワージャはシヴァから聞かされました。それからシヴァは、カマンダル(シャクティが所有する神聖な水瓶)の水を振りかけて、バラドワージャを回復させ治癒しました。シヴァとシャクティは聖者バラドワージャに恩恵を与え、二人でヤーガ(供犠)に臨席すると言いました。

一つの出来事で過去のすべての確約が果たされた

ヤーガ(供犠)が終わると、シヴァとシャクティはたいそう喜んで、聖者バラドワージャにさらなる恩恵を授けました。シヴァは、シヴァとシャクティが人の姿をとってバラドワージャ ゴートラ(聖者バラドワージャの家系)に三度降誕すると言いました。シヴァのみがシルディ・サイ・ババとして、シヴァとシャクティが一体となってプッタパルティでサティヤ・サイ・ババとして、シャクティのみが後にプレーマ・サイとして降誕する、と。

それからシヴァは、カイラーサ山の氷の上で厳寒の中待ち続けていたバラドワージャを八日目に突然襲った病のことを思い出し、もう一つの確約をしました。「私たち二人がサティヤ・サイ・ババとして生まれた時、シャクティはカイラーサ山で八日間そなたを無視した償いとして八日間発作を患い、私が八日目に水を振りかけて病の症状をすべて取り除き、シャクティを救済しよう。ちょうど私がカイラーサ山でそなたの病を癒したように」。〔シヴァとシャクティが一体になると、シヴァは右半身、シャクティは左半身となる〕。

皆さんは今日、たった今、まさにその約束が果たされたところを目撃したのです。この発作と治癒は起こらなければなりませんでした。トレーター ユガになされた約束は果たされなければならなかったのです。今、皆さんに言っておきますが、私が肩代わりした発作に見舞われることになっていた哀れで寄る辺のないバクタは、申し訳程度の好都合な理由として利用されたのです。皆さんも知っているように、鉄道機関車は一台の貨車を牽引けんいんするためには提供されず、たくさんの貨車が連結されるまで待って、初めてそのエンジンは駆動されるのです。これと同じように、病気は患われなければならなかったのであり、バクタは救われなければならなかったのであり、約束は果たされなければならなかったのであり、神秘は明らかにされなければならなかったのであり、神性はこの壮大な奇跡の顕現によってさらに明確に公表されなければならなかったのです。これらはすべて、一つの出来事によって果たされました。

もう一つ言っておきましょう。このアヴァターラ(神の化身)の仕事を妨害したり、やめさせたりすることのできるものは何もありません。私がこの何日かずっと二階にいた時、愚かにも、「サイ・ ババももう終わりだ」と言って回り、プッタパルティにやって来た多くの人を帰らせた人々もいました! また、まるで私がサーダカ(霊性修行者)でもあるかのように、私がサマーディ(三昧さんまい)に入ったと言った人々もいました! さらには、まるで何かが私に影響を及ぼすことができるかのように、私が黒魔術の犠牲になったと恐れていた人々もいました! このアヴァターラの光輝は日ごとに増していきます。昔、ゴーヴァルダナギリが小さな少年クリシュナによって高く持ち上げられた時、ゴーピー(牧女)とゴーパーラ(牧男)たちはクリシュナが神であることを実感しました。今や、一つのゴーヴァルダナギリだけでなく、山脈全体が持ち上げられるのを皆さんは見ることでしょう! 忍耐していなさい。信じていなさい。明日の朝、今日皆さんが享受しそこなったナマスカーラム(礼拝)の祝福を、一人残らず与えましょう。

サイババ述

翻訳:サティヤ・サイ出版協会
出典:Sathya Sai Speaks Vol.3 C15