サティヤ サイババの御言葉

日付:1964年4月13日
場所:ホワイトフィールドのブリンダーヴァン
カンナダ正月の御講話より

サイの意志(サンカルパ)

今日は三重に祝福されています。なぜなら、まず、今日は太陽暦を用いる者にとっての元日であり、第二に、今日はヴァサンタ ナヴァラートリー(春の九夜祭)の始まりであり、三番目に、今日はブリンダーヴァンに入った日でもあるからです。皆さんは今朝それ(ブリンダーヴァンのアシュラムの落成式)を見ましたね。さらに、カンナダの民衆にとっては、もう一つ喜ぶべき理由があります。というのは、ちょうど今、私たちは彼らの州に、我らがプラシャーンティ ヴィドワン マハーサバー(ヴェーダを復興するためのヴェーダ学者の会)を発足している最中であるからです。これほど吉祥な日に共に集い、ここにいる学僧(パンディト)らが差し出す、知識と経験の賜物(たまもの)である賢明な言葉を、その甘露(アムリタ)の滴を、ハートに抱くことは、皆さん方一人ひとりの義務です。ただ聞くだけでなく、聞いたことを実行しようと努めなさい。というのは、作物を実らせるには、耕した土地に雨が降らなければならないからです。皆さんは雨水を集めて貯水池に溜(た)め、適所に巡らせた堀を通して、水を渇望している田畑へと流さなくてはなりません。その水が全部ごみ溜めに流れたり、塩辛い海に流れていったりするのを許してはなりません。この学僧(パンディト)たちは古代の学識の宝庫であり、どんなことを話したとしても、それは一寸たりともインド正真の文化の道を外れることがないことを、私は皆さん方に保証します。

今日、ここに、マイソール(一九七三年以前のカルナータカ州の名称)の州財務大臣のジャッティ、マハーラーシュトラ州の州農務大臣のサワント、そしてラーマクリシュナ・ラーオをはじめとする下院議員と、国民の意思により選出された議員らが来ています。

ダシャラタ王はラーマチャンドラ(ラーマ王子の別名)に王位を継がせたいと欲した際、王宮の学僧(パンディト)らと国民の代表者ら双方に意見を求めました。ダシャラタ王は自分の望みのみならず、ヴァシシュタをはじめとする聖賢たちの反応も国民に開示しました。けれども、今は学僧(パンディト)と政治家、すなわち、宗教の長たる者たちと統治者たちの間の結び付きは切れてしまっており、両者は互いの考えや感情はおかまいなしに我が道を行っています。疑いなく、これは何年も他国の支配下にあった際、学僧(パンディト)が時代遅れの文明の象徴と見なされていたことが、その一因となっているのです。しかし、異国による支配が終わった後も、両者間の結び付きを修復するための行動は何も取られていません。

聖典は信号機のようなもの

すぐに金銭的な利益を生じさせない学習への蔑視を助長する教育制度は、こうした偉大な人たちをおろそかにする大きな原因です。

私は道徳の一般水準が低下したもう一つの原因についても述べなければなりません。万人が不真面目という容易な道にすべり落ちているとき、それに反対して忠告をする人、その道の餌食となっている人たちに避けられない災難について警告する人は、無視され、笑われます。快楽と安っぽい気晴らしを探すことに耽(ふけ)り、人々は過去の勧告と崇高な呼び声に耳を傾けようとしないのです。

私が咎(とが)めなければならないもう一つの要因は、カースト間、宗教間の憎悪です。学僧(パンディト)は大部分が一つのカースト(バラモン階級)に属しており、政治家は共同社会間の憎悪という角度から彼らを扱います。この憎悪は理性に基づいたものではなく、恐れと無知に根づいたものであり、ゆえに、望ましいものではありません。ヴェーダ、ウパニシャッド、シャーストラは、道路の信号機のようなものです。もし信号機が取り外されれば、交通は遅れと困難に陥り、事故が多発します。信号機を壊すわけにはいきません。私たちは人類のために信号機を修復しなければなりません。カースト(ジャーティ、生まれ)はグナ(性質)をもとに決められなければなりませんが、人は本人のカルマ(行動)をもとにどのカーストにふさわしいか否かを判断され得ます。本人の性格と行動によって立証されたものとして、もしジャーティがグナとカルマという対の根拠をもとに決められなければならないとしたら、人は生涯、一時間あるいは一分毎に分類されざるを得ない、ということになってしまうでしょう! 地面が均一に見えるのは暗黒の中でのみであり、昼の明かりはその高さと窪(くぼ)みを明らかにします。それと同じように、人々に平等について語らせるのはもっぱら無知によるものであり、知識は、健康と資質と態度と嗜好(しこう)の根本的な違いを明らかにします。

今日必要なのはバクティ志向の教育

サイの意志(サンカルパ)は、統治者と学僧(パンディト)、すなわち、世俗と霊性それぞれの領域における人々の安寧の守護者(パーラカ)たちを、もう一度結束させることです。そのために、大臣と議員たちが学僧(パンディト)と学者(シャーストリー)たちと並んで今、この壇上にいるのです。両者が協力して働かないことには、新しい世界を創(つく)り上げる試みは進歩も成功も得られません。

カウラヴァ兄弟(マハーバーラタの悪役)は、勝利のためのあらゆる要因を備えていました。すなわち、富、兵力、味方、敵に対する異常なまでの憎悪、そして、カルナ(太陽神を父とする強力な戦士)を! しかし、すべては塵(ちり)と化しました。なぜなら、カウラヴァ兄弟は決してダルマのより高い価値に注意を払うことがなかったからです。彼らが神の恩寵(おんちょう)という、謙遜と平安の道を歩む者に用意されているものを授かることはありませんでした。クリシュナはカウラヴァ兄弟の御者ではありませんでした。カウラヴァ兄弟は、より劣るものに信仰を置きました。

国民を向上させ、祖国の子どもたちを教育するために統治者たちが計画を立てるとき、私は、この学僧(パンディト)たちが今も守り、実践している、祖国の古代の智慧(ちえ)を取り入れてほしいのです。それは船の竜骨をまっすぐに保ってくれるでしょう。私は、ウパニシャッドに含まれている知識がすべての人の手に渡るようにすることを望みます。

バクティ(神への信愛)志向の教育は、今日世界の国々の多くで主流となっているブクティ(享楽、現世利益)志向の学校教育に取って代わらなければなりません。バクティはアーシャクティ、すなわち、あなたを霊性修行へと駆り立てる切なる想いであり、あなたにグニャーナ(英知)を授けます。信仰心と不動心の両方を身につけなさい。そうすれば、あなたは勝利を得るでしょう。

災難は信仰心を高める

皆さんは、朝からずっと、この満員のパンダル(仮設の斎場)で、炎天下、十分なスペースも取れないまま、すし詰めになっていますが、それでも信仰心と不動心が揺らぐことはありませんでした。さらに大きな困難や惨事に遭っても、信仰心と不動心がそれに影響されないようにしなさい。そうしたものはあなたの上を通り過ぎていくことでしょう。強風は木の幹を堅いしっかりとしたものにする助けになります。災難はあなたの勇気をたぎらせ、あなたの信仰心を増大させます。天候が荒れ模様のときにこそ、霊性修行に励まなければなりません。好天のときには、注意して構えていなくとも容赦されますが、悪天候のときにはあらゆる予防策が価値あるものとなります。この学僧(パンディト)たちは予防策を知っており、皆さんにそれらを話してくれるでしょう。その話を大切に心に留め、それに従って行動しなさい。それぞれ皆さんへの今日の私のメッセージです。

プラシャーンティ ヴィドワン マハーサバーはカルナータカにも拡大することになっており、サワントが述べたように、マハーラーシュトラ州のみならず、インドのすべての州で、世界のすべての国で始まるに違いありません。なぜなら、聖賢たちの智慧は人類が受け継ぐべき遺産であるからです。

サイババ述

翻訳:サティヤ・サイ出版協会
出典:Sathya Sai Speaks Vol.4 C15