サティヤ サイババの御言葉

日付:1999年10月18日
場所:プラシャーンティ・ニラヤム
ババに関する御講話より

スワミの少年時代の魅力的な思い出

エゴを捨てれば 誰からも愛される存在となり
怒りを捨てれば 悲しみは訪れず
欲望から解放されれば 平安がもたらされ
貪欲を捨てれば 幸福になり至福に満ちる

サンスクリット語の詩

愛の化身たちよ!

この世において、エゴ〔自我〕は悪魔的な性質です。我の強い人は、妻や子供の愛さえも失います。怒りがあるかぎり、人は苦難を逃れられません。多くの欲望がある人は、決して平穏を得ることができません。同様に、貪欲な人は、幸福を得ることができません。

誰もが私の友人

マインド(心)を制することは、一般人から天界の存在まで、誰にとっても不可欠です。この規律を欠いていれば、どれほど力のある人でも、ささいな課題さえ成し遂げることはできません。神は全能で遍在ですが、人間の姿をとったときには特定の規則と規制を遵守します。なぜなら、身を制した行いをすることで人類を向上させようと努めるからです。ラーマやクリシュナといったアヴァターたちも、自らの義務を遂行する際にかなりの抑制を実践しました。ラーマは3つの誓いを立てました。最初の誓いは、妻は1人だけ持つこと。2番目は、1本の矢で標的を射抜くこと。3番目は、一度交わした約束を破らないことです。ラーマはこれらの誓いを決して破りませんでした。主クリシュナも3つの誓いを立てました。それは、「ダルマ サムスターパナールターヤ サムバヴァーミ ユゲー ユゲー」〔ダルマを再び確立するために私は何度も化身する〕、「ヨーガクシェーマム ヴァハーミャハム」(〔帰依者の安寧は私が担う〕、「〔マーメーカム シャラナム ヴラジャー〕 モークシャイッシヤーミ、マーシュチャハ」(私は私に全託する者に〔行為の結果からの〕解放を授ける〔、嘆くなかれ〕)です。

私もいくつかの誓いを立てました。サイの誓いの一つは、私は決して約束を破らない、というものです。私が誰かに約束をしたら、たとえその人が私に逆らったり、私の命じたことに従わなかったりしても、私は決してその人を見捨てたり、私から遠ざけたりはしません。これは私の愛の本質です。スワミからの約束を受け、平安と幸福を享受している人は大勢います。彼らの中には、裏切り者となってスワミに危害を加えようとした人もいました。しかし、スワミが彼らを傷つけたり憎んだりすることはありませんでした。私は今日まで誰も憎んだことがありません。私は憎しみを知りません。実に、憎しみとは心(マインド)の歪みです。私は誰にも危害が及ばないことを願っています。では、なぜスワミに対して憎しみの感情を抱く必要があるでしょう? スワミに憎しみの感情を抱くのは前世のサムスカーラ(生来の性向)の結果です。何があろうと、自分の行為の結果から逃れられる人はいません。誰もが自分の悪行の結果を刈り取らねばなりません。愛の甘さと力を理解できるのは、愛の気持ちを持っている人だけです。スワミにはこの世に敵はいません。誰もが私の友人です。私の友情を否定する人でさえ友人です。

信愛と全託の力

ヴェーダは、「ブランマヴィド ブランマイヴァ バヴァティ」(ブラフマンを知る者は真にブラフマンとなる)と述べています。人は自分が思ったり考えたりするものになるのです。ダーウィンは偉大な科学者でした。彼は優れた資質と寛大さで知られていました。ヘンズローはダーウィンのお気に入りの教師であり、友人でした。ダーウィンはヘンズローの教えを熱心に守り、その作法や性格を吸収しました。その結果、ダーウィンは見た目もヘンズローに似てきました。ある時、友人の何人かが師と弟子が一緒にいるのを見て、どちらがダーウィンでどちらがヘンズローか見分けがつきませんでした。皆さんはバーガヴァタで、プラフラーダは悪鬼の息子であるというのを読んだでしょう。しかし、絶えず主ハリの御名を念じていたために、プラフラーダの顔には主ハリの輝きが映し出されていました。ラトナーカラは冷酷な盗賊でしたが、7人のリシ〔七聖仙〕の教えに感化されて、主ラーマの御名を唱えはじめました。その結果、彼の顔には主ラーマの輝きが映し出されました。あなた方は、ラーマを世界の創造者、維持者、救済者として崇拝すると同時に、後にヴァルミーキとして知られるようになったラトナーカラが偉大な叙事詩ラーマーヤナの作者である最高の詩人として到達した高みを認識します。実に、信愛と全託の力は、あまりにも大きすぎて、言葉で語るのは困難です。誰にも愛の甘さを推測することはできません。ですから、決して誰かを憎んではなりません。

怒り、憎しみ、嫉妬は、悪魔的な性質です。これらの性質は消滅させ、人間的価値を培うべきです。サティヤ〔真理、真実〕とダルマは主要な人間的価値です。だからこそ、ヴェーダは、「サティヤンナースティ パロー ダルマハ」(真理よりも偉大なダルマはない)、そして、「サティヤム ヴァダ ダルマム チャラ」(真実を語り、正義を守れ)と宣言しているのです。あなた方はこれらのヴェーダの命令に従うべきです。しかし、現代人はサティヤとダルマを無視して非サティヤと非ダルマの道を歩み、それによって自らの人間性を破壊しています。何よりもまず、サティヤとダルマを実践すべきです。サティヤとダルマの力を説明することは不可能です。すべての創造物は真実〔サティヤ〕から生まれ、最終的には真実と融合します。それゆえ、ヴェーダは、人はこのサティヤの性質を吸収すべきであると勧めているのです。真実はサットウィックな性質〔浄性〕であり、それがあなたのハートの中に居場所を見つけるべきです。これとは対照的に、現代人は否定的な性質でハートを満たしています。そのような人を本当の意味で人間と呼べるでしょうか? この点に関して、私の子供時代の出来事をいくつか皆さんにお話ししましょう。

スワミの子供時代

私がまだ少年だったころ、5歳から7歳くらいの子供たちが大勢私のところにやって来て、バジャンを演奏したり歌ったりしていました。私はそうした機会を利用して、彼らに正しい行いの原則を教えていました。私は彼らによくこう言いました。

「君のお母さんは、あらゆる困難や苦痛に耐えて君を産んでくれた。9か月間、お腹の中で君を育ててくれた。君のお父さんは、あらゆる苦難を乗り越えて君を育ててくれた。だから、親を愛するんだ。これは君の一番の義務だ。どんな状況でも真実を貫くんだ。親に叱られるんじゃないかと怖がって、自分の欠点を隠そうとしてはいけない。嘘をついてはいけない。親に叱られたり、殴られたりしても構わない。それは問題じゃない。君は真実だけを語ればいい」

真実の力は、原子爆弾や水素爆弾の力を凌駕しています。真実よりも強力な武器はありません。しかし、あなたは真実をどのように語るべきかを知っておくべきです。「アヌドヴェーガカラム ヴァーッキャム サッティヤム プリヤ ヒタム チャ ヤト」(他の人たちを喜ばせる不快にさせないような言い方で真実を話しなさい)〔ギーター17章15節前半〕。厳しい言葉を口にしてはいけません。

子供たちが少し大きくなって7年生や8年生になると、正しい行いについてスワミに質問するようになりました。私は彼らに、怒り、憎しみ、嫉妬、ひけらかしを慎むようにと言いました。普通、子供たちは食べることが好きです。中には、好きな食べ物を見つけると盗もうとする子供もいます。私はよく子供たちに、「何も盗もうとしてはいけない。本当に食べ物や本やペンが必要なときには、同級生に頼んで手に入れるんだ。決して相手の知らないうちに取ってはいけない」と言っていました。

当時、この村には多くのイスラム教徒がいました。彼らはムハッラム〔イスラム暦1月の初めに行われる十日間の祭礼〕を祝っていました。何人かのヒンズー教徒もそれに加わっていました。私は子供たちによくこう言っていました。「道徳は礼拝や宗教の形式よりも大切なんだ。道徳は僕たちの生気だ。だから、宗教の違いは忘れて、みんなと友だちになることだ。君たちもこのお祭りに参加したほうがいい」。ある少年が言いました。「ラージュ、僕はバラモンの共同体に属しているんだ。うちの親は僕がムハッラムのお祭りに参加することを許可してくれないよ」。私は言いました。「君は人間だ。君は人類に属しているんだ。君のカーストは人類というカーストだ。君の宗教は人類の宗教だ。このことを心に留めておくんだよ」

私が子供たちにカーストや宗教の差別を捨てるように言っているのを知った親たちは、私に対して口論を始めました。「ラージュ、なぜカーストや宗教の差別はあってはいけないなどと言って、うちの子をだめにするのだ? 君にとっては、それは正当なことなのか?」と、彼らは論じました。「この世に愛の宗教よりも偉大な宗教はありません」と、私は彼らにきっぱりと言いました。私は何も恐れませんでした。なぜ真実が何かを恐れる必要があるでしょう? 真実に忠実であれば、人は何でも達成することができます。

ある日、子供たちが話し合いをしました。「ラージュは僕たちにたくさんの良いことを話している。僕たちは少なくともその一つを実践しているか?」と、子供たちは互いに問いかけました。一人の少年は、「僕はどんな状況でも真実を語ろうとベストを尽くしているよ」と言いました。別の少年は、「神は僕の最愛のお方だ。神は僕のお母さんで、お父さんで、僕の人生だ」と言いました。彼の名前はケーサンナといいました。ケーサンナはブッガパッリ・アッチャンマの息子でした。彼女は小さな売店でビーディとタバコを売って生計を立てていました。「ラージュの教えを全部実践することはできないけど、ラージュの言葉を聞くと幸せを感じる」と、別の少年は言いました。「ラージュの言葉はとても甘い。どうしてラージュに耳を傾けずにいられる? ラージュは僕にとってとても大切な存在だ」と、別の少年は言いました。「ラージュを愛しているのは君だけか? 僕たちみんながラージュを愛しているんじゃないか?」と、他の子供たちはその少年に質問しました。このようにして、子供たちは私と私の教えへの愛を示したのです。

スッバンマはスワミの神性に気づく

ある日、私たちはみんなでカラナム・スッバンマの家を訪れました。彼女は広い心を持った、信心深い女性でした。「ラージュ、あなたは子供をみんな連れてきたのね。でも、私は何もそのための料理をしていない。明日またみんなで来てちょうだい。何か食べるものを用意しておくわ」と、彼女は言いました。翌日、スッバンマは私が喜ぶだろうと思ってサンバルとご飯を用意していました。スッバンマはバラモンの共同体に属しており、彼女にとってカーストや宗教の差別を捨て去るのはそう簡単なことではないので、私は子供たちに限度を守るようにと言いました。彼女は鍋に入ったご飯とサンバルを運んできて、子供たちの手のひらによそって載せました。子供たちはみんなボリュームたっぷりの食事をとりました。私は自分が先に食べさせてもらっても満足はせず、先に他の子供たちに食べさせた場合にのみ満足するということを、スッバンマは分かっていました。だから、彼女はまず他の子供たちに食べさせたのです。

最後にはほんの少しのご飯しか残りませんでした。スッバンマは申し訳なく思いました。これでは私にきちんと食べさせることができないからです。スッバンマはその残ったご飯を私の口に入れてくれました。「スッバンマは僕たちには手にご飯を盛ったのに、ラージュには自分の手で食べさせた。どうしてだろう?」と、子供たちがささやき始めました。「スッバンマ、あなたの行為は子供たちをいらだたせました」と、私は言いました。すると彼女は子供たちの方を向いて言いました。

「私はあなたたちを平等に愛しています。でも、ラージュは先にあなたたち全員に食事が出されると満足するので、私はあなたたちに先に食事を出しました。最後には少しのご飯しか残りませんでした。一口分もありませんでした。だから私は、手に載せる代わりに、口の中に入れてあげたのです。ラージュは、他のみんなが満足して初めて満足します。それがラージュの性分です。ラージュには利己心は微塵もありません。あなたたちはラージュに倣うべきです。利己心と私利私欲を捨てて、愛を育みなさい。あなたの幸せは同胞の幸せにあると信じるべきです。そうして初めて、あなたは繁栄し、他の人々の模範となるのです」

それからスッバンマは私に言いました。「ラージュ、今夜はレモンライスを作るから、外でカレーリーフを取ってきてくださいな」。それを口実に、彼女は私を外に出しました。私は当時8歳で、他の子供たちより年は上でしたが、一番小柄でした。でも、私は木登りが得意でした。私は木に登り、スッバンマに頼まれたカレーリーフを一枝、採ってきました。スッバンマがなぜ私を外に行かせたか分かりますか? 彼女は子供たちに私のことを伝えたかったのです。

私がいなくなると、スッバンマは子供たちに言いました。

「子供たち、あなたたちはラージュの友情を得られることがどんなに幸運なことか分かっていますか! ラージュは普通の少年ではありません。いつかラージュは、王の中の王、皇帝の中の皇帝になるでしょう。ただラージュの命令に従いなさい。どんな問題があっても、ラージュに背いてはいけません。そんなことをしたら、すべての神々があなたに怒るでしょう。ラージュを幸せにすることで、幸せになりなさい。ラージュは自分の辛さを表に出さないでしょう。でも、あなたたちは、何か間違ったことをしたら、その報いに直面しなければなりません。ですから、ラージュが不満を感じないような行動をとりなさい」

スッバンマの夫には、カマランマという第二夫人がいました。彼女はスッバンマに言いました。「お姉さん、どうやってこの子たちにあなたの教えている哲学が理解できるのですか?」。スッバンマは答えました。「これは哲学などではありません。私はただ、子供たちに日々の生活でどのように振る舞うべきかを教えているだけです。私には子供がいません。だから、私は彼らを自分の子供のように扱っています。あの子たちは、私の命そのものであるラージュの仲間なのです」

ある日、スッバンマは家でワダ〔豆粉のドーナツ〕をこしらえました。子供たち全員に配るには足りなかったので、彼女は私にだけ渡したいと思いました。私の家はスッバンマの家の隣だったので、スッバンマは家のテラスに出て、窓越しに私を呼びました。「ラージュ、ラージュ、すぐにこっちへ来てちょうだい」。私はスッバンマのところへ走っていきました。スッバンマは窓越しに小さな包みを手渡しました。私は言いました。「スッバンマ、私だけにくれるのは不公平です。あげるときは子供たち全員にあげてください」。「今回はごめんなさい、ラージュ。明日からはみんなに平等に配ります」と、スッバンマは言いました。スワミはその包みを夕方まで取っておき、子供たち全員に少しずつ平等に配りました。スワミがなぜこうした一切を話しているのか、皆さんには分かりますね。これらは私の愛の一端です。私の愛と平静さと神性の本質を理解することは、誰の見識をもってしても力が及びません。私の愛は無限です。それを言葉で言い表すことはできません。私の愛は説明のつかないものです。スワミの愛を誤解して人生を台無しにする人もいます。スワミはすべての人が幸せになることを望んでいます。ローカー サマスター スキノー バヴァントゥ〔世界のすべてのものが幸せでありますように!〕。誰も苦しみに遭うべきではありません。それが私の願いです。

スワミの学生時代

皆さんは、ブッカパトナムのグンダ・サティヤナーラーヤナがこの場所を頻繁に訪れていることを知っているでしょう。彼は今ここにいます。彼は私の同級生でした。彼をごらんなさい。

(スワミはサティヤナーラーヤナに壇上に来るようにと身振りで示しました。突然の招待に驚いたサティヤナーラーヤナは、壇上に上がると、ためらいながらスワミの前にひれ伏しました。スワミが愛情を込めて幼なじみを紹介し、話をするようにとおっしゃると、聴衆は歓喜して大きな拍手を送りました。シュリ・サティヤナーラーヤナは、幼少時代からスワミがいかに愛情を注いでくれたかを語りました。その後、スワミは御講話を続けられました)

私は他の少年たちと一緒にブッカパトナムの学校に通っていました。私たちは5年生でした。私の家庭はとても貧しく、この村の他の子供たちもそうでした。母のイーシュワランマはよくラーギ〔シコクビエ〕のおにぎりを作っていました。ラーギのおにぎりに小さな穴をあけて、その中に落花生のチャツネを入れていました。当時は、重箱もお弁当箱もありませんでした。そのため、食べ物は布にくるんでいました。私はそれを背負ってブッカパトナムまで持っていっていました。12時に昼食のベルが鳴ると、すぐに私たちは近くの池に走っていきました。食べ物は布にくっついてしまうので、すぐに包みを開くことはできません。そのため、私たちは包みごとしばらく水に浸してから、包みを開いていました。昼食を食べはじめると、あっという間に昼食の時間の終了を知らせる学校のベルが鳴ったものです。子供たちの中に、裕福な男の息子が一人いました。彼は頭のいい生徒でした。彼はよくご飯とサンバルを持ってきていました。彼は自分が持ってきた食べ物を子供たちに配ってくれたものです。私もラーギのおにぎりを配っていました。こうして、私たちは食べるときも遊ぶときも一体感を味わっていました。一体感には、計り知れないほどの幸せがあります。しかし、現代では、教育を受けた人々の間に一体感と愛が欠けています。逆に、嫉妬と憎しみが高まっています。人々はささいなことでも口論します。私は子供たちに、どんな状況でもけんかをしないようにと教えていました。

ブッカパトナムの学校に通っていた間、私はたくさんの詩を作りました。ブッカパトナムの町についての詩も作りました。

(スワミは子供時代にご自身が作られたその美しい詩を吟じてくださいました)

チットラーヴァティー川は、人の心をうっとりさせる
満々と水をたたえて流れ、土地を浸す
そして、その向こうでは
丘陵地帯が要塞のように土地を守っている
この風景の中に散らばっているのは、ブッカパトナムの町
それはあたかも、ブッカラヤの栄光の王冠に散りばめられた宝石のよう
その中心には母なるチッツトラーヴァティー女神が住まい、
私のプッタプラム〔プッタの都〕のすぐそばに横たわっている

テルグ語の歌

スワミが作詞をして子供たちに教えると、子供たちはとても幸せを感じました。彼らは私の作詞の腕前に驚いて尋ねました。「ラージュ、君はどうやってそんな詩の才能を身につけたの?」。ブッカパトナムの学校では朝に祈りが捧げられていました。校長先生が、スワミに朝の祈りのために詩歌をいくつかこしらえるようにと言いました。(スワミは当時よく吟じていた祈りの詩歌を吟じられました)

こうした子供時代から、私はすべての宗教は一つであるということを説いていました。プッタパルティの村人たちは、私をヴェーダーンティ(ヴェーダの知識に恵まれた人)と呼んでいました。

後に、ウラヴァコンダで勉強していたとき、私はクラスで他の生徒二人と机を共有しなければなりませんでした。私は真ん中に座り、両側にはラメーシュとスレーシュが座っていました。二人はだいぶ鈍い生徒でした。100点満点中1点を取ることすら、まず不可能でした。私はよくクラスで二人を助けていました。当時、ESLCと呼ばれる公的試験があり、私たちはこの試験を受ける必要がありました。しかし、スレーシュとラメーシュは、そのことを知ると恐怖にとらわれました。二人はずっとスワミに懇願していました。「ラージュ、君は僕たちの救い主だよ」。私は二人に言いました。「怖がってはいけない。度胸を据えるんだ」。そのころでさえ、私は子供たちに勇気を吹き込んでいたのです。

試験会場で、試験官は白紙の紙を配りました。受験生が紙を持ち歩くことは許されていませんでした。教師たちは、生徒の中に、ポケットにメモを入れたり、手のひらに何かを書いたりしている者がいるのではないかと疑って、徹底的に検査しました。その間、一人の教師がやって来て、もう一人の教師に言いました。「コンダッパ、この生徒たちは誰だと思う? 彼らはラージュのグループの者だ。彼らが試験でカンニングをするわけがない」。もう一人の教師は言いました。「分かっている。顔の輝きを見れば明らかだ」。

全員が会場に入りました。それは私たちの初めての試験でした。私たちの受験番号は連番ではなかったので、会場の三か所に別々に座り、互いに離れることになってしまいました。ラメーシュとスレーシュは完全に希望を失いました。そこで私は二人に言いました。「君たちの答案も僕が書く。慌てないで! 僕の言うとおりにするんだ。僕が芝居を演じる。僕が宇宙ドラマの監督であるなら、君たちを救い出せないわけがない!」

まず、私は猛スピードで答えを書き、自分の名前と受験番号を書いて紙を折り畳みました。その紙は脇に置いておきました。それから、ラメーシュの筆跡で答えを書き、ラメーシュの名前と受験番号を書きました。同じように、私はスレーシュの筆跡ですべての問題に解答しました。私は、解答した三人分の答案用紙をすべて手元に置いておきました。そうしている間にベルが鳴りました。試験官は急いで答案用紙を回収しました。ラメーシュとスレーシュは私を探していました。私は二人に会場から出て行くように言いました。二人は答案用紙を提出せずに出て行き、私は三人分の答案用紙を試験官の机の上に置きました。結果は1週間後に発表されました。優等を取ったのは私たち三人だけで、点数は満点でした。「とても、とても、とても良くできました」というのが校長先生の所見でした。ラメーシュとスレーシュは、「ラージュ、僕たちが優等を取れたのは、君のおかげだ」と言って、感謝の気持ちを表しました。

神の啓示

スッバラユドゥという名の70歳の老人がいました。彼は規則正しくサティヤバーマ寺院に通っていました。彼はそこで足を洗って、地面が高くなっている場所に座るのが常でした。ある日、私がその道を通ると、彼は、「ラージュ、ラージュ、こっちへ来ておくれ」と、私を呼びました。私がそばに行って何の用かを尋ねると、スッバラユドゥは、「わしは大柄だ。わしの膝の上に座ってしばらく休んでいきなさい。ここは十分に広いぞ」と言いました。「僕が膝の上に座ったら、何かあなたのためになるのですか?」と私は尋ねました。「わしにはとても説明できない。そのご利益は、計りしれないほど大きく、素晴らしい。ラージュ、君はプッタパルティ村の光だ。将来、君の栄光は世界の隅々にまで届くだろう」と、彼は言いました。

その日彼が発した言葉は、今、現実のものとなっています。ラージュの名前と名声、そして、プッタパルティ村の栄光は、この国だけでなく、世界中に広まりました。当時、この地に到達することは、旅人にとってさえ困難なことでした。このような小さな村落が、世界地図の中で非常に重要な位置を獲得したのです。スッバラユドゥは、この村が輝かしい未来を迎えることを予見できました。彼には子供がいませんでした。彼は私を温かく抱きしめて言いました。「ラージュ、君を抱きしめる機会を得られるとは、わしはなんと幸運なのだろう」。彼はたいそう幸せを感じました。「だが、君のお父さんと私は言葉を交わすような間柄ではない。私が君と話をしたことを知ったら、彼は嫌がるかもしれない。だから、お父さんには言わないように」と、彼は私に頼みました。「何も悪いことはありません。僕は真実を話します。僕のお父さんは善い人です」と、私は言いました。

私が家に着くと、この肉体の父親が私に尋ねました。「なぜスッバラユドゥと話をしたのだ? あいつは私の敵だ」。「あなたにとっては敵かもしれませんが、僕にとってはそうではありません。だから僕は話をしたのです」。私は敬意を込めて手を合わせ、言いました。「あなたのような年配の人は決して誰かを憎んではなりません。憎しみは捨て、他の人々と手を取り合って、この村の発展のために働くのです」。彼は納得せず、再び私に尋ねました。「あいつはおまえに何を話した?」。「私の存在と栄光のおかげで、この村は全世界を照らすだろうと言いました」と、私は答えました。「スッバラユドゥがそれほど大きく語るおまえの栄光とは、いったい何なのだ?」。彼の発言には皮肉が込められていました。私はその場を去り、両手に花を持って彼に尋ねました。「私が誰か知っていますか?」

私はサイ、この真実を知り、
執着と無駄な試みはあきらめよ
あなたと私の間の俗世のつながりは断ち切られる
誰も私を抑えることはできない
たとえどんなに力が強くとも

テルグ語の歌

そう言って、私は花を床に撒きました。花はひとりでに「シュリ・サティヤ・サイ・ババ」というテルグ語の文字の形になりました。

それ以来、この肉体の父は私を扱う際に注意を払うようになりました。このようにして、私は子供だけでなく年長者にも説教をしていました。女性や若者にも教えていました。私は若者に、人格を重視するように言いました。若者は悪い感情を持つべきではありません。悪い感情は毒のようなものです。私は小さな子供たちにさえ、偉大な真理を教えました。

サティヤナーラーヤナは高潔な人でした。彼はブッカパトナムに小さな店を構えていました。ある日〔子供のころ〕、彼は私のシャツが破れているのを見ました。当時は、シャツも半ズボンもほんの9パイサでした。彼はシャツと半ズボンの生地を持ってきて、「ラージュ、気にしなくていいよ。僕はこのシャツと半ズボンを大きな愛を込めて持ってきたんだ。これを縫ってもらって」と言いました。私は、「もし君が私との良い友情をずっと保ちたいなら、それを僕に差し出すべきじゃない。僕はそれには触らない」と言いました。

今日まで私は何も欲したことはありません。誰の1パイサにも触れたことはありません。必要が生じれば、必要なものは頼まなくても自然に私のところにやって来ます。子供のときから今まで、私が誰かに手を伸ばしたことはなく、これから先もこれが規範となるでしょう。私が幸せを感じるのは与えるときで、受け取るときではありません。自分の望みが期待どおりに叶わないと、妬みから私を批判する人もいるかもしれません。大声で批判すれば、その罵声は空中に散っていきます。無言で批判しても、その批判を受けとるのはスワミではなくその人自身で、私には届きません。私は、誰も憎んだり、批判したり、あざけったりしません。子供のころに私を茶化した人にも、愛情を込めて話しかけます。

スワミはスッバンマとの約束を守る

ある日、スッバンマが私のところに来て、明るくこう言いました。「ラージュ、あなたは数え切れないほど大勢の人に、たくさんの有益な助言を与えています。私の夫は間違った道に走っています。あなたが彼を正しい道に導いてくださらないことなどどうしてありますか?」

「あなたが気分を悪くしないなら、やりましょう」と、私は言いました。スッバンマの夫は毎晩、家の前の聖バジルの植木のそばに座っていました。私は心地よいメロディーの歌を作りました。私はその歌を何人かの子供に教え、それを歌いながらカラナム〔村の長〕(スッバンマの夫)の前を通るようにと言いました。

ふしだらな女を追いかけてはいけない
あなたは下劣な人間になる
それは確かだ
あなたの共同体の人から村八分にされるだろう
親戚はあなたを追い払うだろう
友人はサンダルで顔を叩くだろう

テルグ語の歌

カラナムは、子供たちがこの歌を歌いながら通るのを見て腹を立てました。彼は家の中に入ってしまいました。後で、彼は子供たちに〔自分のところに来るよう〕伝言を送りました。彼は、「あの歌を作ったのは誰だろうと考えているのだが」と子供たちに問いました。おびえた子供たちは、「ラージュが書いたんです」と口走りました。

カラナムもまた、この芝居の裏にいるのは私であり、他の誰もそんなことはできはしない、ということが分かっていました。翌日、彼は私を呼び出し、マンゴーを差し出して言いました。「ラージュ、どうか子供たちにあのような歌を教えないでくれたまえ」と言いました。私は、「あなたはこの村の長です。あのようなことをしてはいけません」と言いました。

彼は、これからは良い振る舞いをすると約束しました。私も、もう迷惑はかけないと約束しました。スッバンマはこのことを知り、とても喜びました。私は、子供時代にも年長者に変化をもたらしたのです。夫の死後、スッバンマはスワミに生涯を捧げました。彼女は息を引き取るまでスワミに仕えました。スッバンマが私にどれほど献身的であったかを知ることは、あなた方にとって重要です。スッバンマは帰依者たちに無料で食べ物を提供していました。ある日、私たちは牛車で移動していました。「スッバンマ、何が欲しい?」と私は尋ねました。彼女は辺りを見回して、他に誰もいないことが分かると、言いました。「スワミ、私は何も欲しくありません。でも、私が息を引き取るときには、どうかあなたの手で私の口に水を注いで、私の生涯を神聖なものにしてください」。私はその望みをかなえることを約束しました。

その後のある日、ある帰依者たちが欲したため、私は急いでチェンナイに行かなければなりませんでした。私は10日間そこに滞在しなければなりませんでした。当時は戦時中でした。1時間に1回空襲警報が鳴りました。警報が出ると通りは誰もいなくなりました。スワミはプッタパルティに戻ることができませんでした。その間、スッバンマは大病を患いました。彼女はブッカパトナムに運ばれ、そこで死にました。彼女の親族は皮肉を言いはじめました。「サイ・ババは死に水を取ると約束していた。彼は来たのか? 彼はどこへおでましだ?」

帰りの道中、私は火葬場に立ち寄りました。そこには何人かの人がいました。火葬用の丸太が準備されていました。「誰が火葬されるのですか?」と私は尋ねました。そこには洗濯屋のスッバンナもいました。彼は、「スワミ、スッバンマが死にました」と言いました。「そうなのですか! いつ死んだのですか?」と私は尋ねました。「3日前です、スワミ」と彼は答えました。私は遺体が安置されている家に行きました。親族が火葬のために彼女を運ぼうとしていました。彼女の姉妹が私を見て泣きだしました。「ババ、スッバンマはあなたの到着を待ち望んでいました。息を引き取る前にあなたが口に水を注いでくれることを切望していました。そして、結局、失望と共に死にました」。私は姉妹に、そのような事態はあり得ないと言い、コップに水を入れて持ってくるようにと言いました。私はコップの水に聖バジルの葉を入れて、スッバンマの顔の布をはずしました。もう3日経っていたので、アリが体の上を這っていました。「スッバンマ」と、私は彼女に呼びかけました。スッバンマはすぐに目を開けました。そして、私の手を握り、泣きました。「スッバンマ、こっちを見なさい」と私は言いました。私は彼女の顔を伝う涙を手ふきでぬぐいました。「さあ、安らかに目を閉じなさい」と、私は言いました。私はスッバンマの口に聖水を注ぎ、約束を守りました。

カーストや共同体の差別をなくす

スッバンマはいつも私を悪人から守ろうとしました。洗濯屋のスッバンナはとても力持ちの男でした。チャンドラッパに住むもう一人のスッバンナは、身長が7フィート〔約213cm〕ありました。スッバンマは、この二人のうちのどちらかがいつも私と一緒にいるようにと命じました。彼女は二人に言いました。「スワミはいつ川に行くかもしれません。彼はとても幼いのです。あの距離を歩いていくことはできません。ですから、あなたたちのうちのどちらかが肩に担いで連れていくようにしなさい」。スッバンマは私が過ごしやすいようにと、いろいろな手配をしてくれました。彼女は非常に徳の高い女性でした。スッバンマは何をするにしても、スワミが一番喜ぶようなやり方で行いました。

ある日、ガンガンナという名のハリジャンが、食事の時間に私を自宅に招いてくれました。彼はまだ生きています。今90歳です。彼の息子は今、私たちの管理事務所で働いています。私はスッバンマに、ガンガンナの家に食事に行くと言いました。彼女は、私もついて行きますと言いました。「私はハリジャンの家に行くのです。あなたは来ないように」と、私は言いました。「スワミ、あなたが行かれるのに、なぜ私が行ってはいけないのですか。私は恐れを知りません。私はあなたと一緒に行きます」と、彼女は言いました。私たちはガンガンナの家で食事をしました。ガンガンナはスッバンマを見るとおびえました。スッバンマはバラモンの共同体に属していたからです。私は彼に言いました。「そんな風に感じる必要はありません。カーストや宗教の差別を捨てなさい。一体性の精神で幸せに暮らしなさい」。そのころから、私は異なるカーストや宗教の間の一体性を促進することを始めました。私は、自分の子供時代のことをいくらでも話し続けることができます。

子供は善い性質を養うべきです。そして、怒り、誇示、嫉妬といった悪い性質を捨てるべきです。エゴが大きくなるのを許してはなりません。愛を育てなさい。愛があなたの命の息吹であるべきです。愛がなければ、あなたは生ける屍(しかばね)と同じです。どんな状況でも、愛を捨ててはいけません。愛があれば、あなたは全世界を征服することができます。

〔バガヴァンは「プレーマ ムディタ マナセー カホー ラーマ、ラーマ、ラーマ」のバジャンで講話をしめくくられました。〕

サイババ述

翻訳:サティヤ・サイ出版協会
出典:Dasara Discourses 1999 & 2000 47p-66p