日付:2000年4月2日
場所:ブリンダーヴァン
学生に向けたトライー・ブリンダーヴァンでの御講話より
実家の中を歩くと、どこを見ても清潔です。それと同じように、学生寮の部屋も完璧に清潔であらねばなりません。「私の部屋には男子学生が12人いるのに、どうやって清潔を保てるというのか?」などと考えてはなりません。汚しているのはあなた自身です。ですから、部屋を清潔にするのはあなたの義務です。誰もが清らかであるべきです。清らかでなければ、あなたのもとに完全性はやって来ません。清らかであれば、他のすべてはあとからついてきます。清らかでなければ、誰もあなたに従わないでしょう。ですから、まず清らかでありなさい。
まず第一に、自分の部屋、机、椅子、本、ペン、服など、すべての道具を清潔に保つべきです。第二に、本人が清潔であるべきです。あらゆる面において清潔である必要があります。爪に汚れが付いていてはなりません。爪や髪の毛には電流が流れています。髪も清潔にしておくべきです。爪や髪を通って体から多くの電流が失われます。多くの人が、爪を伸ばすのが流行りだと思っていますが、爪が長いと、爪の間にあらゆる汚れがたまります。爪だけでなく、歯も清潔に保たなければなりません。毎日歯を磨くことは非常に重要です。健康を保つには、口の中が清潔であることが最も重要です。口は体の正面玄関であり、口が清潔でないと、あらゆる種類の病気を入れてしまうことになります。
なぜ歯ブラシと歯磨き粉が用意されているのでしょうか? 皆さんは歯ブラシに歯磨き粉をつけて歯を磨きます。もし「なぜ歯磨き粉を無駄に使う必要があるだろう?」などと言って歯磨き粉を使わないと、損をするのはあなた自身です。誰も適切な指導をしてくれる人がいなかったので、皆さんは汚くなっています。私は皆さんに注意を促しているのです。きちんと歯を磨きなさい。
ナポレオンの兵士たちは、ナポレオンの言葉を少しでも近くで聞きたがりました。ナポレオンは、「おまえたちは、なぜ近くに寄ってくるのか?」と尋ねました。兵士たちは言いました。「閣下が近くに来られると、我らは大変幸せな気持ちになるのです。閣下の波動が我らの中に入ってくるのです。閣下のお言葉の芳香が我らを変えてくれるのです」。よい香りがあるところには、よい波動があります。それを知ったナポレオンは、ますます清らかになるよう努めました。最終的に、ナポレオンはこう言いました。「私は自分の五感、心(マインド)、そして、道具のすべてを清らかに保っているおかげで、多くの王国を征服することができたのだ。そうでなければ、何も征服できなかったであろう」。皆さんは五感を制御下に置かなければなりません。
ナポレオンは、「10分後に起きよう」と決めると、きっかり10分後に起きました。ある日、馬に乗っていたときにナポレオンはこう言いました。「おお、眠りよ! もし私に近づいたら、お前を殺す。私は今、馬に乗っている。私に近づくな」。眠りは決してナポレオンに触れようとはしませんでした。後に、ナポレオンはこう考えるようになりました。「なぜ眠りを困らせる必要があろうか?」。そのため、ナポレオンは、木の下に腰を下ろしては眠りを呼び出し、10分間眠ると、時間きっかりに起き上がるのが常でした。ナポレオンはそれほどしっかりと五感を制していたのです。ナポレオンは単に多くの国を征服しただけの人物ではありませんでした。ナポレオンは、小さなものも、一つひとつ可能なかぎり清潔に保っていました。ナポレオンは、言葉には出しませんでしたが、神への強い信仰心を持っていました。「神は存在し、神は清らかである。ゆえに、私も清らかでいて、神に倣わねばならない」。ひとたび清らかになれば、他のすべてはついてきます。ナポレオンは清らかであり、人々はナポレオンについてきました。このように、神に倣った人は、その目的において清らかであり、どこでも敗北することはありませんでした。ナポレオンは、足を踏み入れたところすべてで勝利を収めました。
清潔さは神聖に次ぐもの
ナポレオンの成功の理由は、その清潔さにあります。今、学生の部屋を見てみなさい。足の踏み場もありません。本をあちこちに投げ散らかし、ベッドを見てもひどい状態です。枕カバーは1か月も洗濯に出していません。部屋中が汚れています。汚い人には汚い考えしか浮かびません。こうした習慣はすべて、悪い思考が原因です。汚れがあるから、汚い考えしか浮かばないのです。清潔であれば、悪い考えは浮かびません。清潔でありなさい。
歩き方は清々しくあるべきです。ゆっくり歩きなさい。足を踏み出すときには注意深くしなさい。市場のように多くの物が部屋に置かれています。勉強机はなぜ用意されているのですか? 勉強するためです。机の上には本だけを置いて、他の物は置かないようにしなさい。ですから、すべてのものを清潔に保っておくべきです。もし誰かがその場所を汚したら、そこをきれいにするのはあなたの仕事です。
ティラク〔20世紀初頭のインド独立運動の中心人物〕は学校の教師でした。教師になる前は数学の学生でした。ティラクの学生時代、他の男子学生たちは、ピーナッツを食べたあと、殻を床に投げ捨てていました。机の上には本が積まれていたので、教師にはそれが見えませんでした。ある日、ティラクが教室に入ると、教室がとても汚いことに気づきました。ティラクは尋ねました。「誰がこんなふうにゴミをまき散らしたんだ?」。皆、知らないと言いました。ティラクはゴミのそばに座っていた男子学生をつかまえました。その学生は、「自分じゃない」と言いました。それを見て、その学生の行儀の良さを知っていた別の男子学生が、部屋の隅から立ち上がり、昨日、自分がやったのだと告白しました。その男子学生は罰を求めて手のひらを差し出しました。ティラクはその男子学生の頭をなでて言いました。「君は良い青年だ。二度とそんなことをしてはいけないよ」。その男子学生は真実を語りました。「真実は清い。真実には汚れがない。君は真実を語った。でも、そうした疑い〔無実の学生が疑われること〕があってはならない。気をつけるんだ」
男子学生たちは約束を交わし、その後、誰も教室を汚すことはありませんでした。当時は、清潔にしていると、試験の点数に5点が加算されました。「可」は30点、「良」は40点、「優」は50点を取れば獲得できました。ティラクはこう尋ねました。「100のことをするように言われて、50のことを正しく行い、残り50を間違えたり放置したりした場合、それを『優』と見なすことができるだろうか? 残りの50はどうなる?」。ティラクは学生たちに言いました。「正しいのは100点を取ることか、それとも50点を取ることか? たとえ90点を取ったとしても、それは、10%は誤りだったということを意味する」。ティラクは、「『優』と見なされるには100点を取るべきだ」と学生自らが言うようにさせたのです。学生たち自身に答えを見つけさせることで、ティラクは学生たちを変えました。当時は学生たちもそういった具合でした。現代の学生たちは、約束しても、次の瞬間にはそれを忘れてしまいます。ティラクは学生たちを正しい方向へと導きました。
あるとき、2人の友人がティラクのもとに来て言いました。「君はとてもよい仕事をしている。もし我々が独立を得たら、君は総理大臣になりたいか?」。ティラクは言いました。「大臣にはなりたくはない。教師のままでいたい。真の教育によって、多くの少年少女を変えることができる。もし大臣になっても、誰も変えることはできず、むしろエゴを育ててしまう。それは自滅へとつながる」。ティラクの行いは自らの言葉に追随しました。
このようなリーダーは皆、ナポレオンの模範に従いました。「清らかであれ、そうすれば他のすべてはついてくる」〔ナポレオンの言葉〕。心が清らかであれば、何でもできます。他のすべても清らかになるでしょう。だからこそ、「神を知る者は神となる」と言われるのです。あなたが清らかであれば、あなたの行いも清らかになります。清らかさがなければ、ブラフマンでさえ「ブラマ(幻)」となってしまうでしょう。ですから、まず思考と仕事〔行い〕と言動の中に清らかさを培う必要があります。すべてが清らかであるべきです。第一番の原理は、善を見ることです。
悪を見ず、善を見る
悪を聞かず、善を聞く
悪を語らず、善を語る
悪を行わず、善を行う
悪を思わず、善を思う
これらが五感の真の機能です。もしこれらを守って自分を変えるなら、あなたはブラフマンと一つになります。ブラフマンを知る者はブラフマンそのものになります。あなたはブラフマンなのです。
サイババ述
翻訳:サティヤ・サイ出版協会
出典:“My Dear Students Vol.1” Discourse 3