日付:1970年7月18日
場所:プラシャーンティ ニラヤム
グルプールニマー祭連続講話?より
グルプールニマーは多くの理由で神聖です。この日、偽りの物質界との同化に苦しんでいる求道者たちは、自分の中に存在する「目に見えない促し手」という実在の手ほどきを受けます。この日、霊性の道を歩むことへの欲求がない者たちは、霊性の道がもたらす至福を求めたいという気にさせられます。この日、志ある者たちは、様々な言語、様々な土地で、多くの御名と多くの御姿によって知られている唯一者の意識へと到達するための助けを得ます。
日の出と共に、世界は光を浴び、温かさに包まれます。それと同じように、グルプールニマーの到来と共に、人のハートは平安と安堵に包まれます。暦に記された年に一度の日だけがグルプールニマーなのではありません。人のマインド(月はマインドを司る神)が、すがすがしい清涼さに満たされ、太陽の光(理智、識別)ですっかり照らされた日は、いつでもグルプールニマーです。
死というものをじっくりと考えることは、まさに霊性修行の基盤です。それがなければ、人は必ず嘘偽りに陥り、五感を悦ばす対象物を追い求め、物質的、世俗的な富を積み上げようとします。死は災難ではありません。死は、その先にある吉祥なる光明へと到るステップです。死は逃れられないものです。死に賄賂は通じません。死は、善行をしたという証明書や、立派な人からの推薦状で延期できるものでもありません。ひとたび生まれてきたら、その避けることのできない結末が死です。しかし、生まれてくるのを回避することはできます。そして、そうすることで死を逃れることは可能です。なぜなら、生まれてくるのはカルマ(行為)の結果だからです。結果を生まないカルマ、後に乗り越えなければならない影響を及ぼさないカルマを行いなさい。そうすれば、また生まれ変わってくる必要はなくなります。義務として行為に携わりなさい。あるいは、「神への捧げもの」として行為に携わりなさい。そうすれば、行為は後の影響を生み出さないでしょう。死を逃れること、不死、すなわちアムルタットワムに到ること、という問題は、まさに探求の核心です。
グルは光で闇を散らす
神への捧げものとして行為がなされると、人は成功に得意がったり、失敗に意気消沈したりすることがなくなります。なぜなら、神が促し、神が助け、神が自ら意志した時、神がそうしたいと思った時に、神が苦楽が与えるからです。行為をした人は、行為の果報への執着がなくなり、それゆえ、その結果に縛られることもなくなります。その行為は、行為をした人の死後を形作る自我に、何の痕跡も残しません。
「グ」は闇を意味し、「ル」は光を意味します。グルは光で闇を散らします。グルは無知を根こそぎにする英知を授けます。グルが受けるに値するだけの、程よい敬意をグルに示しなさい。皆さんはこの詩節を繰り返し唱えます。
グルル ブランマー グルル ヴィシヌッ
グルル デーヴォー マヘーシワラハ
グルッ サークシャート パラブランマハ
タスマィ シリー グラヴェー ナマハ
これは、通常、グルはブラフマー神であり、ヴィシュヌ神であり、マヘーシュワラ神である、グルは目に見えるパラブラフマー〔絶対神〕である、ということを示していると解釈されています。しかし、それよりもっと高尚な解釈が可能です。それは、「ブラフマー神はグルであり、ヴィシュヌ神はグルであり、マヘーシュワラ神はグルであり、まさしくパラブラフマーはグルである」というものです。
人間のグルを探し求めてはなりません。どれほど評判の人であってもです。人間のグルは、「グ」(グナーティータ、すなわち、グナを超越している者)ではありません。人間のグルは自分が育んだ属性に縛られています。人間のグルは、「ル」(ルーパすなわち姿を超越している者)ではありません。人間のグルは、まだ姿を必要としており、そのために、実在を心に思い描いているかもしれません。自分自身が有限であるなら、どうやってあなたに無限の存在を伝えることができますか? あなたの中の神に、あなたの中のブラフマー神、ヴィシュヌ神、マヘーシュワラ神、あるいは、パラブラフマーの原理に、顕現し給えと祈りなさい。それをグルとして受け入なさい。そうすれば、あなたは光を得るでしょう。
純粋な知性にマインドを従属させよ
グル自身が闇の中でもがいているとき、どうやって他の人を導くことができますか? グル自身が金持ちを探し求める物乞いであるとき、どうやって自由でいることが、そして、教師として厳格でいることができますか? モーハ(心酔、執着、迷妄)が優勢であるとき、モークシャ(解脱)は手に入れることのできない幻です。あなたは蟻のように小さな穀粒を食べ、それで満足しているかもしれません。しかし、あなたは、象のように大きく成長し、サトウキビの束を丸ごとおいしそうに食べるようでなければいけません!
ガーヤトリーマントラは、求道者が真理をつかむことができるよう、知性を進歩的に高めるための祈りです。内なる神の反映にほかならない純粋な知性に、マインドを従属させなさい。そうすれば、あなたはグルの中のグルを導き手として得ます。
サイババ述
翻訳:サティヤ・サイ出版協会
出典:Sathya Sai Speaks Vol.10 C15