サティヤ サイババの御言葉

日付:1984年9月10日
ギーターに関するババの御講話より

ギーターは願望成就の木

人間は、必ず何らかの行動に従事しなければなりません。肉体的に、あるいは精神的に、またはその両方で、活発でなければなりません。満たされた幸福な生活を手に入れることに加えて、人は富や名声や権力、財産や世間の評判を切望します。しかし、ギーターの中心となる教えは、利害を超えた行い、つまり熱意と知性にあふれ、希望や期待、報酬や結果さえ求めずに完璧になされる行いです。

「君には行為をする資格はあるが、その結果を得る資格はない」と、クリシュナはアルジュナに言いました。実際のところ、その過程のほうが、最終的に産物を得ることよりも楽しく、満足を感じるものです。結婚式の準備をしているときには、料理のメニューを決めたり、家を飾りつけたり、客や親戚を迎えたり、儀式を監督したりすることに没頭し、疲れや出費や時間やお金のことは忘れていますが、結婚式が終わると、その喜びは消えはじめ、疲労を感じるようになります。その余波は無味乾燥なものです。

仕事の結果は神の意志に委ねよ

仕事が利己的な態度で始められ、身勝手な動機に促され、昇進への期待によって駆り立てられると、貪欲や慢心、妬みや憎しみに餌を与えることになります。そして、それは束縛を強め、もっともっと儲かる仕事に対する執着を育てます。それは、手や知恵を貸してくれた人々や、その人に意欲と技術を授けてくれた神へ恩を忘れることを助長します。人は、仕事が成功すると、「自分がそれをした」と言いますが、失敗すると、「他の人たちがそれを駄目にした」と言います。結果的に仕事が失敗すると、憤り、意気消沈し、失望するようになります。

結果に深く執着すればするほど、失望したときの悲嘆はますます強くなり、痛みを伴うものになります。ですから、慢心と苦痛の両方から逃れる唯一の方法は、結果を神の意志に委ね、自分はできる限りの献身と配慮をもって自分の義務を果たした、と考えて幸せでいることです。誰であれ、自分のベストを尽くす以上のことはできません。身体は、人生の一瞬一瞬を、奉仕と犠牲と愛を通じて時間を聖化するために使うことができるよう、生来あらゆる長所や欠点を備えて授けられているのです。

「仕事」や「行動」〔あるいは行為、行い、活動など〕と訳される「カルマ」という単語には、ヴェーダ〈太古の聖典〉によってそう名づけられた部分〔カルマ カーンダ〕の中で定められている儀式、という意味もあります。それらは、儀式を執り行う人々にさまざまな物質的利益を確保することを目的としています。そのいくつかは、ご利益として天国に住まうことさえ保証しています。しかし、それらはすべて結果志向です。それらは、心を清め、放棄を促すとはいえ、世界平和と世界の繁栄の達成を目標としたときにのみ、最善の結果をもたらすのです。そのとき、カルマはカルマヨーガとなり、カルマが無私の理想と結びつくのです。

自分の意志や要求を神に明け渡した人(サルヴァ ダルマン パリッティヤージヤ、マーム エーカム シャラナム ブラジャ――する、しない、という考えの一切を手放して、ただ私に全託せよ〔というギーターの教えに従った人〕)が着手する行為は、すべてが非常に神聖で純粋なものとなるがゆえ、苦難という鉄の鎖にも、歓喜という金の鎖にも、縛られることはありません。

カルマは達成と礼拝の行為でなければならない

ギーターは、不活性であること、無関心であること、怠惰であることを奨励していません。ギーターは、その人の霊的成就の奨励に向けられたヨーガ(神との交わり)として、神の意志と合った行為として、カルマ〔行為〕を勧めています。カルマは、達成の行為、礼拝の行為、自分あるいは他者に対する義務の行為でなければなりません。ギーターは、この目標達成に向けたステップと道を示しています。ギーターは、あらゆる姿勢を有益なものとして受け入れて、その一つひとつをサーダナ(霊的努力)へと昇華します。ギーターは、カルマ カーンダ〔ヴェーダにおける行為の部〕を、自己と人類の進歩向上のための手段へと高めます。ギーターは、カルパヴリクシャ(願望成就の木)であり、あらゆる献身の段階にある求道者たちの願いをかなえます。

ギーターは、霊的英知の大海であり、各人は自分の器にくめるだけの水をそこから持ち帰ることができます。理性的な求道者、行動的なサーダカ〔霊性修行者〕、敬虔な志を抱く者は皆、主から等しく注目され、面倒を見てもらえます。実際、ギーターは、日常生活のすべての行為に、ヴェーダーンタ〔ウパニシャッド〕の崇高さ、神聖原理の内在性と超越性を吹き込みます。ヴェーダーンタがシンプルな言葉に置き換えられているので、平凡な人でさえ、それを日常生活の中で理解し、守ることができます。

ギーターは、正真正銘、神のメッセージを伝えるものです。ギーターは、神のメッセージを、説得力のある完全なものとして、明確に伝えています。ギーターは、人類のための、母なる神による慰めの助言です。ギーターにしがみついていれば、嵐の吹き荒れる人生という大海を、安全に渡ることができます。ギーターは、サーダカにとって最も確実なガイドです。ギーターはマントラの宝庫であり、ヴェーダーンタの真理の常に生き生きとした源泉です。ギーターは、自由を目指す求道者にとって、勝利への道です。ギーターは、その道を花咲く道にしてくれます。

サイババ述

翻訳:サティヤ・サイ出版協会
出典:Sathya Sai Speaks Vol.10 Ch21