サティヤ サイババの御言葉

日付:1996年8月20日
場所:サイクルワントホール
シルディサイババに関する御講話より

シルディババの最初の奇跡

肉眼で見れば、自然だけが知覚されます。しかし、霊的な見方で見れば、宇宙世界はバガヴァーン〔バガヴァン〕だけです。プレーマ(愛)の観点からは、すべてが神に見えるでしょう。

アーディ・シャンカラの哲学を学んだ若い青年が、私のもとに来て言いました。

「スヴァーミ(スワミ)! シャンカラは、ブランマ サッティヤム〔ブラフマンは真理である〕、ジャガト ミッティヤー〔全世界は真と非真の入り混じったものである〕と言いました。どうか私に、何が真理で、何が真理でないかをわからせてください」

スヴァーミ(スワミ)は彼に言いました。

「愚か者よ! 何が真理で何が真理でないかを示すのは自然に任せなさい。君は自分の実体を知ることに専念しなさい。君がプラクリティ(現象世界)の性質を調べる必要はありません。議論してはいけません」

自分の本性を知らない人間が、どうして宇宙の実在や非実在について知ることができるでしょう?

人は自分の目に見える体を実体と見なし、目に見えない魂は実体ではないと見なしています。人は目に見えないものが自分の喜びや苦しみの原因であるということを理解していません。

美しさ、若さ、活力が永遠に続くと思ってはいけない
老いは目前に迫っており、あらゆる不幸をもたらすだろう

〔シャンカラの言葉〕

デーハとデーヒ

人間の内には、デーハ(体)とデーヒ(体に宿っている魂)という2つのものがあります。体は3つの要素に支配されています。それは、ヴァータ(風)、ピッタ(胆汁)、カパ(痰)です。ヴァータは80種類の病気の原因となります。ピッタは82種類の病気、カパは224種類の病気の原因となります。この3つを合わせると386種類の病気があることになります。昔の聖仙たちは、体はさまざまな病気にかかりやすいとういことを認識し、体への執着を捨てると同時に、必要不可欠な目的のために体の世話をするようにと求めました。

これらの病気の多くは知らない間に進行し、そのために、一見丈夫そうな人でも気づかずに病気にかかっていることがあります。病気は、呼吸や食事など、人間のほとんどすべての行いの中に潜んでいます。体はその性質上、滅びるものです。しかし、デーヒ(体に宿っている魂)は不滅です。永遠でない体を通して永遠の魂を体験する必要があるのです。人々は五感で味わう一時的な快楽を求めることに没頭し、魂から得られる永続的な至福を忘れています。人々は、真の幸福は神との結合によってのみ得られるということを認識すべきです。

人々の中には、神は一部の少数の人にだけに過大な恩寵を与え、それ以外の人には無関心か、まったく無視しているかのように見えると思っている人がいます。この一切は、そうした考えを持っている人の見方がゆがんでいるからにすぎません。神にとっては誰もが同じです。あなたが本当の自分の姿を見ることができるのは、愛という水銀で背面を覆ったガラス〔鏡〕の中だけです。皆、自分は神を経験していないと言いますが、それは神のせいではありません。神はある人を優遇して別の人を優遇しないと思うのは、嫉妬心から生まれた感情によるものです。これに関連のある、シルディ・ババの少年時代のエピソードをお話ししましょう。

シルディ・ババとヴェーンクシャ

シルディ・ババが10歳ほどの時、パテール〔パテル〕は彼をヴェーンクシャ〔ヴェーンコーシャ〕の所に連れていきました。パテールは夢の中でこう言われたのです。「パテールよ! そなたは長くは生きられないだろう。そなたがこれまで育ててきた少年は、誰にも面倒を見てもらえなくなる。ある所にヴェーンクシャという人物がいる。少年を彼のもとに連れていって託しなさい」

ヴェーンクシャは大勢の少年たちに霊性教育を施していました。その少年が自分のもとに連れてこられた時、ヴェーンクシャにはその少年がやって来るということがわかっていました。ヴェーンクシャはその少年に呼びかけて、「来なさい、来なさい! おまえのことを何年も待っていたのだよ」と言いました。ヴェーンクシャは愛を込めて少年に話しかけ、家に入って何か食べるようにと言いました。

それ以来、ヴェーンクシャはその少年への深い愛情を募らせました。それを見て、他の生徒たちは妬ましく思い、その少年について内輪でいろいろな話をするようになりました。「どうして先生は、あの新入りをあんなに可愛がるんだろう? 僕たちは何年もここにいるけど、あんなに可愛がってもらったことはないよ」生徒たちの中にはそんなふうに話す少年たちもいました。また、ある生徒たちは、「たぶん先生は、〔少年を連れてきた〕パテールからお金をもらうつもりなんだ。パテールは金持ちだから」と言いました。

ババ殺害計画

ヴェーンクシャと年若きババとの絆は日増しに強まっていきました。ある日、二人は、シカーラ〔シカラ〕と呼ばれる森に出かけていきました。二人が行ってしまった後、他の生徒たちは年若きババを亡き者にしてしまおうと計画を練りました。「そうすればヴェーンクシャ先生は僕たちをもっと好きになってくれるだろう」と思ったのです。生徒たちは森へ行き、小屋の後ろでじっとしていました。自分たちが立てた計画に従って、体の大きな少年が大きな煉瓦を1つババに向かって投げつけました。ヴェーンクシャはババへの大きな愛を持っていました。煉瓦が見えた瞬間に、ヴェーンクシャはババの前に立ち、ババに煉瓦が当たらないようにしました。ババをねらった煉瓦はヴェーンクシャを直撃しました。ヴェーンクシャの頭から血が流れ出しました。

ババはすぐに自分のローブを裂いて、血の流れ出るヴェーンクシャの頭に巻きつけました。ババとヴェーンクシャがその傷のことを話していると、何人かの少年が大慌てで遺体を運んできました。それはババを殺そうとした少年の遺体でした。「噛みつくものは噛みつかれる」ということわざ(人に危害を加えようとすれば自分に危害が加えられることになるということ)があります。

少年たちは、「先生! 僕たちを許してください」と泣き叫び、ヴェーンクシャの足元にひれ伏しました。ヴェーンクシャは言いました。「子供たちよ! 私はもう年老いた。この年若い少年が、これまで私のやってきた仕事をすべて引き継いでくれる。おまえたちを守ってくれるのは愛だけだ。愛がなければ、誰もおまえたちを救ってはくれない」その言葉を聞くと、少年たちはババの足元にひれ伏して、目の前に少年の遺体を置きました。するとババは突然、笑い出しました。どうしてババは笑ったのでしょう? それは、自分を殺そうとした少年が死んだからではありません。いつどんな時でも死は隣り合わせだということを、ババは知っていたからです。年若い時でさえ、ババは体に関するこの真理をわかっていたのです。ババは時を超越しています。ババに年齢は関係ありません。ババは広大無辺な人物なのです。

ババは少年たちに言いました。「今日はこの少年が亡くなりました。明日はあなたの番かもしれません。死なない人はいません」

少年たちは泣き叫びました。「この不幸をどうやってこの子の親に言えばいいですか?」ババは言いました。「起こったことを正直に言いなさい」。少年たちは、もし本当のことを言えば、自分たちの恥になることがわかっていました。でも、もし起こったこととは違うことを言えば、嘘をつくことになってしまいます。このジレンマを見てとったババは、「あなた方は今、何を望んでいるのですか?」と少年たちに尋ねました。

「どうかこの少年を生き返らせてください」と少年たちが言うと、すぐにババは遺体の頭を自分の膝の上に乗せ、手で頭をなでました。すると、少年は息を吹き返しました。これが、シルディ・ババの最初の奇跡です。

土は土へと還る

学生諸君は、体は土から生じた物質で構成されており、生命の火が消えれば土に戻る、ということをよく理解すべきです。体というのは土でできた壺のようなものであり、自らの目的のために一定の期間、役目を果たし、壊れてしまえば、時が経つにつれてだんだんと元の土へと還っていきます。大地に蒔かれた種は、木へと成長して枝を張り、花を咲かせ、実をならせます。その木の枝も花も実も、すべては大地から来たものです。それと同じように、体は五大元素でできています。体は正しく使わなければいけません。

ヴェーダーンタ〔ウパニシャッド〕のエッセンスは一文に要約することができます。それは、「あなたの内なるアートマは神と同一である」というものです。この気持ちを持っている人だけが、神を体験することができます。

サイババ述

翻訳:サティヤ・サイ出版協会
出典:Sathya Sai Speaks Vol.29 Ch36