サティヤ サイババの御言葉

日付:2005年10月8日
場所:プラシャーンティ ニラヤム
ヴェーダ・プルシャ・サプターハ・グニャーナ・ヤグニャ三日目
2005年ダサラ祭連続講話?

勇気と純粋さによって神を実現させなさい

すべての者が自らのカルマ(行為)の結果に直面せねばならない
誰かがコウモリの頭を下にして木の枝にぶら下げたのか?
誰かがコウモリを憎んで逆さ吊りにしたのか?
いや、それはコウモリの運命である
同様に誰もカルマの結果から逃れることはできない

(テルグ語の詩)

愛の化身である皆さん!

昨日、私はパリークシットの戴冠式について話しました。当時、パリークシットに助言と助力を施す人は大勢いました。多くの人々がパリークシットの成長を支援していました。パリークシットはとても若く、まだ少年とも言える年ごろでした。幼い少年を有能な皇帝にするのは簡単なことではありません。パーンダヴァ一族に年長者は残っていませんでした。ビーマ、アルジュナ、ダルマラージャ、ナクラ、サハデーヴァは皆、ヒマラヤの斜面に向けて出発していました。パーンダヴァ一族の唯一の後継者は、幼い少年パリークシットでした。パリークシットは伝統に沿って学び舎に入ったばかりでした。けれども、パリークシット以外、王位に就ける者は誰もいませんでした。幼い少年は、そのような複雑な状況に置かれていたのです。

しかしながら、パリークシットは有能な三人の師によって示された道を進んでいきました。若きパリークシットは、大伯父と祖母(ダルマラージャとドラウパディー)に、自分にこのような重責を負わせて見捨てて行くのは正しいことなのかと問い、泣きながら懇願しました。ダルマラージャは少年パリークシットに、時の流れの成り行きからは逃れられないと話しました。つねにパーンダヴァ兄弟の支えであったクリシュナ神さえも、兄弟を自立させるために兄弟のもとを去ったのです。クリシュナ神の足跡をたどる以外、選択の余地はありませんでした。やはり兄弟たちはクリシュナの助言と導きの厳格な信奉者だったのです。クリシュナ神はパーンダヴァ兄弟を親友として扱いました。そして、まるで我が子のように兄弟を育てました。クリシュナ神はパーンダヴァ兄弟のもっとも親しい親族でした。実のところ、クリシュナ神はあらゆる間柄として彼らを支援していました。クリシュナ神のみが、パーンダヴァ兄弟の頼みだったのです。

そのため、二人は、パリークシットに勇気と自信を持って自らの責任に立ち向かうよう助言しました。その後、二人はパリークシットがこの状況にどう向き合うか見届けるために、しばらくそこに留まりました。パリークシットは、自分の責任から逃れたり、一族の栄光をおとしめたりすることはないと、勇敢に答えました。「私がこの王国を治めます」と断言したのです。パリークシットは自信と勇気に溢れていました。ダルマラージャとドラウパディーは喜び、安堵しました。二人はこの幼い少年の勇敢な振る舞いに驚きを覚えました。

その時に起こったある事に注目すべきです。そのとき、まだダルマラージャは人間の姿にあり、霊的で神聖な領域に赴く準備をしていました。この世の領域から神の領域に行くには、大変な勇気が必要です。ダルマラージャは現世的な斜面と霊的な斜面のすべてを越えて、神の領域に進む能力を得るために適合を果たしました。実のところ、ダルマラージャは若いパリークシットの自信を目にしたことで、この能力を獲得したのです。

パリークシットはこの時、直前に起こった出来事を思い起こしました。パリークシットはパーンダヴァ兄弟全員のところに行き、一人ひとりに王国を統治する責務を引き受けてくださいと頼みました。しかし、皆それを断り、王国を治める資格は〔長兄の〕ダルマラージャだけにあり、それが国民の望みでもあると主張しました。そして最終的に、唯一の適任者は若いパリークシットであるということで合意しました。それを聞いたパリークシットは、脅えながら祖父〔ダルマラージャ〕の足元にひざまずき、どうして自分のような幼い子どもに広大な王国を治められるでしょうかと、涙ながらに訴えました。そんなパリークシットに必要な自信を与えて安心させたのは、ドラウパディーでした。そうして、パリークシットの王としての戴冠式が挙行されました。

その後、ダルマラージャとドラウパディーは出発に向けて馬車に乗り込みました。人々は目を閉じました。人々の心は不安と心配と恐れで一杯でした。すると、ドラウパディーが言いました。

「どうか心配なさらずに。心配は人間にとって最悪の敵です。生まれることも心配、死ぬこともまた心配、そして、自らの下した決定はすべて人生という列車に心配を運んできます。将来を予想して計画を立てることも心配。心配の唯一の治療薬は、神を黙想することです」

それから、ダルマラージャが宮廷の人々と一般大衆の両方に話をして、自らをヒマラヤ山脈に向かわせる己の抑え難い想いを納得してもらいました。人々の中には、ドラウパディーが摂政として残るべきだとさえ考えた者もいましたが、当時は女性が王国を統治するのは不可能なことでした。それゆえ、ドラウパディーは、ダルマラージャは何をしなければならないか、そして、何をするのが正しいことなのかを、ひたむきな神への信仰心をもって助言しただけでした。そのようにして、ドラウパディーは国民を正しい道に導いたのです。

つまるところ、全宇宙は神の支配下にあります。人はその従属状態を見ることができずにいます。誰もが体のことだけを考えています。体は五つの元素でできています。体はいつの日か弱まり朽ちる運命にあります。一方、内在する神は、値がつけられないほど貴重であり、腐乱することもなく、外見にはどんな特徴的な印もありません。

ドラウパディーは言いました。

「ああ、国民の皆さん、少なくとも今この時から、内在するお方(デーヒ)に信仰を置きなさい。内在者がいなければ、体は役に立たない不活性な物質です。ですから、内在するお方に集中なさい。そうすれば、そのお方がすべてを守ってくださるでしょう」

ダルマラージャはドラウパディーのほうを向いて言いました。

「まさしく、クリシュナがそなたを通して語ってくださった。そなたのクリシュナへの信仰はそれほど篤いのだ。それゆえ、そなたの言葉はクリシュナの言葉としてとらえられるべきである」

ダルマラージャは、クリシュナからの言葉を聞いたと感じ、クリシュナが国の状況をつねに見守ることを約束してくれたのだと思いました。

かくして、ダルマラージャは大いに安心し、クリシュナに祈って、クリシュナの御力こそが、戦争のときも、平和のときも人々を動かし、必要なときには刀を抜き、必要が終われば刀を収めてくださったですと、言いました。ダルマラージャはクリシュナに、自分は本来温和な気質であり、クリシュナが促したときにだけ刀を抜いたのだと語りました。

そえから、ダルマラージャはパリークシットを呼んで話をしました。それはまるで、クリシュナ神自らが、肉体をまとった〔パリークシットの〕魂に話をしているかのようでした。パリークシットの気持ち変化が生じたことはダルマラージャとドラウパディーの目にも明らかでした。二人は大いに喜びました。二人は国民の前に出て、何も恐れることはないことを再び保証しました。

「クリシュナが我らを守護してくださっている。起こっていることはすべて、神の御意志であり、神のお戯れなのだ。それは我らの並の理解を超えている。なぜなら、クリシュナは、自らは内在する神であり、すべてに遍満していることをはっきりと明かそうとはなさらないからだ。クリシュナは肉眼では見えないのだ」

かくして、残された者すべてに、自信と勇気が吹き込まれたのでした。

戴冠式の二日後、パリークシットは配下にある王全員を召集しました。人々は、若い王が恐れをなして属国の王たちを集めたのだと考えました。王たちは皆、宮殿の会議場に集まって席に着きました。パリークシットは王たちに言いました。

「あなた方は、幼い少年を主君として目の前にしている。しかしながら、私は自分の責務にひるむことはない。あなた方も自らの責務にひるむべきではない。私たちは共に、この帝国が繁栄するよう力を尽くしている。そこで私は今、あなた方の意向を知りたいと思う。私はあなた方の幾人かとは顔見知りだが、顔を見たことがない者さえいる。そこで、帝国のために私に協力するか、それとも、自分の野心に従うか、心を決めてもらいたい」

パリークシットがそう話した後、会議は二派に分かれました。一派はパリークシットを支持しようとする王たちでした。もう一派は、若い王が決断力に欠け、たやすく反逆されるだろうと考えて、自分の野心を追及しようとする王たちでした。

この後、その二派の間に戦争が勃発しました。パリークシットは祖父アルジュナの名前(アルジュナには12の呼び名があった)を唱えながら戦いに臨みました。それは、アルジュナ:純粋な者、パルグナ:パルグナ〔パルグニー〕の星の下に生まれた者、パールタ:プリトゥ〔プルトゥ〕血族の子孫、キリティ:王族に生まれた者、スワエータヴァハナ:純白の馬に乗る者、ビーバトス:革命の情動を超越した者、ヴィジャヤ:つねに勝利者である者、クリシュナ:黒い者、サヴィヤサーチ〔サヴィヤサーチン〕:両手利きの者、ダナンジャヤ〔ダナムジャヤ〕:あらゆる富の勝者、でした。

そのようにしてパリークシットが戦っている間、パーンダヴァ兄弟は皆(霊の姿で)パリークシットの周囲にいました。ドラウパディーさえもその場にいました。ドラウパディーが偉大な導き手であったことは、ほとんど知られていません。

パリークシットの王としての最初の行為が戦争であったと考えるのは、誤りです。実際、パリークシットの幼少期における肉体面での助言者、人生後期における精神面でのよき助言者は、ドラウパティーでした。ドラウパディーは、即位してすぐに戦いに持ち込むことは王として正しくないと忠告していました。パリークシットは、まず家臣たちに自信を与えなければなりませんでしたが、ドラウパディーの教育のおかげで、首尾よくこれに成功しました。老いも若きも、家臣たちは皆、親愛と畏敬の念を込めて、パリークシットを王の中の王、マハーラージャと呼んで崇敬し支持しました。家臣たちは自信に満ち、恐れを抱かなくなりました。そのような王が家臣らの安寧を統べているときに、恐れが入り込む余地などあるでしょうか? パリークシットはその若さにもかかわらず、自分は神の恩寵を豊かに与えられており、地上に対抗し得る者はいないと言って、家臣たちを安心させました。神だけがパリークシットの頼みでした。パリークシットは、神の導きのもと、まったき信仰によって王国の統治に着手しました。

こうした教育のすべてはパーンダヴァ兄弟がヒマラヤ行きを決断した後になされたと思ってはなりません。マハーバーラタの大戦争の直後から、王国の唯一の継承者はアビマンニュ〔アルジュナとスバドラーの間の子〕の幼い息子〔パリークシット〕であることは分かっていました。ドラウパティーはその子を未来の役割のために訓練する仕事を担おうと決心しました。そのため、ダルマラージャに、この子はあらゆる美徳の宝庫のようだけれども、しばしば優柔不断に陥る傾向があると指摘しました。それゆえ、パリークシットは最初からドラウパディーに預けられたのでした。

パリークシットが正式に即位する前から、ドラウパディーもダルマラージャと共に、この幼子が未来の王であると、ハスティナープラの臣民たちに宣していました。

「外見の若さに惑わされてはなりません。パリークシットは神の恩寵に恵まれており、王者のあらゆる徳を備えています。大勢の民の統治者の義務は、母親のように人々の要求を満たすことです。パリークシットは、今はまだ幼子で、皆さんの支援と擁護を必要としています。神から与えられた務めとして、それをなさい。やがて、パリークシットは王となり、忠実な息子のように、皆さんの幸福に気を配るでしょう。楽しみや快楽には関心を持たず、すべてを義務として行いなさい。時が来たら、皆さんはパリークシットに守られ、養われるでしょう。まさにパリークシットは、私たち、そして万人への、神の贈り物なのですから。すべては神の意志によって起こります。神の意志は、他のいかなる力によっても、変更されることはあり得ません」

このようにして、ドラウパディーとダルマラージャは、すでにパリークシットを王位に就かせる下準備をしていたのです。これが当時の国政のやり方でした。あたかも絆の強い家族のように、王国の一人ひとりが皆、手厚い世話を受けていました。家族として、年長者と子どもたちがそのように統制されているとき、恐れや不安が入り込む余地などあるでしょうか? このようにして、パリークシットは偉大な王となりました。はたして、こんなふうに子どもを育てる親がいるでしょうか? たとえ皆さんが正しい方法で子どもをしつける心積もりでいても、子どもにはそれに従う心構えがないでしょう。一方、パリークシットは勇敢な指導者であると同時に、よい学び手でした。

勇気はあらゆる成果をもたらす富です。勇気を持つことは真の霊性修行でもあります。それが真の力です。神聖な霊的力を備えたパリークシットは、偉大な人物になりました。そして、それによって王国全土が繁栄しました。こうした母のごとき指導者は非常に稀です。

パリークシットは、大臣全員と属国の代表者たちを召集し、一体性の重要性について演説しました。実際、純粋性は一体性に従属しており、純粋性は神性への道です。神性によって、あらゆる仕事は実りあるものとなります。個人と社会の双方に純粋性を維持すればよいのです。こうした個人と共同体の心構えに関する観念が臣民たちに教えられ、それによってパリークシットの帝国に理想的な社会ができ上がりました。若き王パリークシットは、笑顔で国民に近づいて、自分が無意識に犯したかもしれない過ちを詫びさえもしました。パリークシットは、支配者と支配される者の間にあるべき意思疎通の、卓越した模範を示しました。神への完全なる信仰を持っていた若きパリークシットの慈悲と愛は、自身と国民の繁栄を確かなものとしました。あなた方が皆、パリークシットと同じく神への固い信仰を持ち、純粋性を維持するなら、自分のサーダナ(霊性修行)の成功を確信することができるでしょう。

サイババ述

翻訳:サティヤ・サイ出版協会
出典:Dasara Discourses 2005 C2